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【155日目 note千日回峰行】瀬川さん

社会人になりたての5月
季節柄、外での祭りが多く開催されていた東海地区で私は働いていた。

その時は、8月に市(まち)をあげて開催する
初めての祭りの打合せを進めていた。

必要なもの
ステージ・テント・照明・電気・音響そして仮設トイレ

特に夏場の仮設トイレの手配は困難そのもの。

そのエリアで開催が予定される祭りなどのイベントで取り合いになる。

この時期に如何に協力会社のパイプを持っているかが鍵を握る。


当然、金額も跳ね上がる。


私は、新人にありがちな
見積金額に対する負の感情を持ちつつ、祭りの実行委員会へ提出した。


「よし。今日は帰ろう」


定時に退社し、自転車で岐路に就いたその時
実行委員会の会長を務める市議会議員からの電話が鳴った。


それが、全ての始まりだった。


片手で自転車を押しながら電話しつつ家に向かう。

1歩1歩進むにつれ
最初は優しい口調だった委員長のボルテージが上がっていくのが分かる

「お前は俺をナメているのか!?誰がトイレにこんな金額を払うんだ!?」

元々、その土地の人は部外者に対しては心を閉ざす傾向が強かったが
ここまで部外者に嫌悪感を露わにするか。と思わせる程の

罵詈雑言。

新人の私にはうまく進められない自分への口惜しさと
不安と恐怖から泣いてしまった。


そしてそのまま、元来た道を引き返した。


事務所に戻ると

還暦を迎えようとしていた事務のおばちゃんがそこにはいた。


彼女は元々、証券会社に勤めた所謂「バリキャリ」だった。
その面影は、立ち振る舞いや言動からも滲み出ていた。


帰ったはずの新人の男子が泣きながら事務所に戻ってきたのを見て
誰よりも心配してくれていた。


口惜しさから
クソ!と思いながら再度見積もりを作り直していると


誰も呼んでないのに
銀の皿のデリバリーが事務所にやってきた。


「いや。頼んでな…」
遮るように「わたしわたし!」

と、おばちゃんが言った。


金額が分からないように事務所の外でお会計を済ませると


「今日、誕生日でしょ?食べなさい。」とおばちゃんが私に言った。


今日は自分の誕生日だったか。と自分の誕生日すら忘れるほど
馬車馬のように働いていた自分から、現実に戻った。


誕生日に顧客にコテンパンにされボロボロ泣きながら見積を作る私を心配してくれたおばちゃんの優しさは


私の一生の思い出として今でも心に残っている。


そして、あの時の大トロを超える寿司にも出会ってない。


後から聞いた話だが
彼女は、その人徳をかわれ本社から私を育てるようにお願いされていたらしい。



そんな会社を昨年退社した。


東京へ転勤にはなっていたものの
どうしても挨拶に行きたくて、その事務所まで足を運んで

直接、転職の旨を伝えた。


おばちゃんは少し涙ぐみながらも
「次、頑張んなさい。」と背中を押してくれた。


いつまでも、ずっと優しいおばちゃんは
今でも、私の尊敬する人の1人になっている。


ありがとう。瀬川さん。

1人では何もできないからこそ、人の助けが身に沁みます。