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プロゲーマー再考

スプラトゥーンはWiiU版(初代)の発売から丸5年が経過したみたいですね。

Switch版(2代目)も3年が経とうとしており,はぴもみは丸5年すっかりお世話になりました。最高に楽しいゲームです。

スプラトゥーン2(Switch版)になってからは,プロゲーマーが躍進する時代になり,スプラトゥーン2のプロゲーマーさんがたくさん誕生しています。

はぴもみはゲームが下手であることや,あくまでエンジョイ勢であることから,このゲームがめちゃくちゃうまくて,そして本気(ガチ)になれるプロゲーマーさんたちをずーーーーーっと尊敬しています

でもスプラトゥーン2は任天堂のゲームなので,賞金が出る大会を運営できないなどプロゲーマーにとってはおそらく風当たりが厳しく,プロゲーマー(企業)の収入源は専ら配信や動画投稿による広告収入等といったところでしょう(そういう認識だったのですが違ったらごめんなさいね…)。


それで最近思うんですよ。

「毎月のXパワーの目標決めて…達成しなかった人は…100勝耐久配信!」

みたいなの。

え??????????

って。


ということで,何もしてないので語る資格はないと思うんですが,ふと思ったことを僭越ながら言語化して,一個人として主張してみたいところです。

(※特定の個人が嫌いとかじゃないのでご安心ください。あくまで「僕はこう思うな~」くらいの話で読んでくれればいいです)


プロゲーマーの目的はなんですか

プロゲーマーってゲームの「プロ」なんですよね?

ということは,ゲームで「強くなる」とか,「勝つ」とか,「楽しむ」とか,人を「楽しませる」とか,

そういうことの「プロ」であり,これがプロゲーマーとして活動する目的になると思うのです。

正直十何時間もガチマに潜り続けて精神崩壊しかけながら100勝を達成したとして,忍耐力はたしかにつくでしょうが…(尊敬はします。僕には無理なので)

なんか根性論的で「質より量」になっていて,それはどうなの?と思ってしまいますね…

僕はむしろ「量より質」を標榜して,反省とか分析とか,そういうところにフォーカスした活動をしてくれた方が…好きだなって思います。


いや耐久配信にも需要があることは理解しています。本人も自分の意思で楽しいと思ってやっているのなら一向にかまわないと思うのです。

ファンだったら,長い時間配信で時間を共有できるのは素直に嬉しいでしょうし。

僕もミリ〇ケーキ氏のフェス配信の発狂切り抜きとか見ていつも爆笑してますし(笑


でも…「目標ドン!」「みんな頑張れ!」「できなかったやつは…耐久配信!!!!」ですか…うーん。

これやらされてるとしたら,それを指示した運営はプロゲーマーひとりひとりのことを人としてリスペクトしていないと思います(あくまで見世物として捉えている。奴隷の決闘を上から見下ろして楽しむ貴族のよう)。

自分たちで決めてやっているとしたら,うーん…別にいいんだけどもう少し効率的なやり方をした方がいいんじゃないの?って思います。


僕はプロゲーマーというものに幻想を抱きすぎているのかな…

プロゲーマーが出てきた背景には間違いなく,ゲームが「e-Sports」と言われるようになり,「強くなりたいプレイヤー」と「プレイを見て楽しむオーディエンス」というプロスポーツと同じ図式が定着したことが挙げられます。

近年スポーツといえば…

いわゆる「スポ魂」的な,根性論に基づく指導が淘汰され

効率的で(強くなるために)理にかなった指導が目指されるように変化するというパラダイムシフトがあったように思います。

僕も小中高とバスケットボールをやっておりましたが,

たまに(練習試合の相手などで)居たんですよ…トラウマになるレベルで怒鳴り散らしていたり,平気で生徒に暴力を振るっている指導者が…

えぇ。2011年とかの話です。僕はあの学校の選手(対戦相手)がまるでロボットのように見えて,この人たちが自殺とかしてしまわないだろうか…とかいらぬ心配をしてしまって,試合に身が入らなくなったのを覚えています。

昔はもっとひどかったのかもしれないですね…


最近は,SNS等でプロスポーツ選手が様々な発信をしたり,実際に部活等での暴力などが世間的に否定されたりということが重なり,だいぶ(社会の風潮として)変わってきているように思います。


それで僕が思うのは,この近年に発達しているe-Sportsで,根性論を揺り戻すのはあまり見たくないな,

ってことなわけです。。。

もちろん,根性論が必要なときってたくさんあります。

Splatoon2のXパワーやフェスパワーなんて特にその類のものだとは思います。

Splatoonに限らず,ゲームの中の「テッペンを目指す」要素って,「長い時間やる」「勝ち続ける」「ひたすら最適化する」など,根性論の要素が強いのは事実だと思います。

そしてそういう耐久を欲する視聴者が多いこともまた,理解しています(でなければ,「壺おじ」があれだけ流行った理由が説明できません。)


でも…

だからといって…

プロゲーマーとして活動するにあたって,必要以上の根性論を振りかざす必要はないのでは…?

むしろ,「根性論ではなく,スマートな方向へ」持っていけるような活動をしてほしいな…??

というのが本音です。

これって僕の理想を押し付けてるだけだな…とは思うのですが,共感してくれる方もいるんじゃないかなって思うわけです。

・チーム練習:適切なフィードバックをしていて,参考に(勉強に)なるような配信

とか

・面白い動画:垂れ流しというよりは適切に編集されたもので,視聴者を「楽しませる」ことが目的にあるもの

とか

欲しいな~~~って思うんですよね~~~~~~

そういうのにもっと注力してくれたほうが~~~~~うれしいんですよね~~~~~


いやごめんなさいただの理想論ですこれ。


まぁでも

もし

なんとなくプロゲーマーとして何をすべきか,に迷って迷走しているとしたら…

一度考え直したほうがよいのでは…?

みたいなことを思いました。


独り言でした。






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