その庭に蝋梅がある白い小さな記憶の中で



   Ⅰ


好きだよ ホワイトホールの話からシチューを食べたがるところとか


黒蜜ときな粉のパフェを食べながら静かに泣ける君が好きだよ


雑踏でいちばん薄い存在を常に担える君が好きだよ


「正体は電子レンジの化身だよ?」
「ひとのかたちであれば好きだよ」


三日月のひかりで夜をふる雨が白くかがやく 君が好きだよ


焼け跡の冷えた空気を白くする風より透けた君が好きだよ


「この声は全て祈りね、うるさいわ」
「好きだよ、祈りに掻き消されても」


病床の違和感として花になり果てを彩る君が好きだよ


ダビングに失敗したビデオみたいにたまに途切れる君が好きだよ


想像の中でゆっくり統合を失調させる 君が好きだよ





   Ⅱ


何度書いても覚えられない漢字のように君がそこに立っている


白線の向こう、というだけで君を思い出す 何度も思い出す


変拍子で踊るみたいにぎこちなく君を見ている水の中から


その白は桜でも雪でもなくて情報として君に積もった


信号の赤点滅の向こうから君がふわっと万華鏡を投げる


雨がふる間際の空の灰色が屋上で眠る君に耳打つ


この花に降る爆撃のような雨で君の黒髪好きなだけ濡れる


これが君の体だと知る 雪景色ぶちまけたような白い肌を見る


雪がふるフードをかぶる視界から世界が欠ける君はふるえる


光なのにかがやけなかったごめんねとくずれる君をただ見ていた





   Ⅲ


この日々に背表紙あれば藍色の掠れた字で祈り、とあるだろう


その首の白さを絞めて綿菓子のような甘さが指にべたつく


「ねえ、君と君の大事な人がどっちもダメになったらこれを着るね」


満月の空の余白に絵を描いた余生と不在に贈る墨絵を


月灯り 器官としての眼球を見つめて少し違和感を持つ


適当な音を鳴らして その指が白鍵にふれるところが見たい


「雪よりも骨に近くてその白は冬からはぐれてしまったんだね」


声だけが聞こえる今日は魚にも深い眠りが訪れるって


歯磨きのあとにココアを飲むほどの悪事をしよう首を絞めたり


名前顔姿形が不在でも愛は祈りだ おやすみなさい

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