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生産者の感激を思い描かんとあきまへんなあ

松下幸之助 一日一話
11月 2日 生産者の感激

私が昔、直接生産に従事していたとき、新しい品物を代理店へ持参して見せると、「松下さん、これは苦心された品ですね」と言われたことがあります。こう言われたとき、私は無料で進呈したいと思ったほど嬉しかったのです。これは高く売れて儲かるという欲望的な意識でなくて、よくぞ数カ月の造る労苦を認めてくださったという純粋な感激だったのです。

こうした感激は、常に自分の魂と至誠を製品にこめる者のみが味わい得るものだと思います。そしてそのような喜びに全社員がひたりつつ生産してこそ、確固たる社会信用を獲得することのできる製品を生み出すことが可能になるのではないでしょうか。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

この時なぜ、代理店の担当者は生産者の苦労を認めたのでしょう?ざっくりとながら大別すると次の3つの理由が考えられるのではないでしょうか。「松下翁のご機嫌を取るためだった」「本当に製品が良い品物だと感じた」「松下翁から製品への自信を感じた」。

仮に「松下翁のご機嫌を取るため」だっとするならば、それは「製品の仕入れ条件を有利にしたかった」あるいは「担当者が巧言令色鮮し仁の人間だった」などが考えられますが、実際に良い製品ではないものを苦労した良い製品であると評価すれば仕入れ値は上がることとなり、お客様に対してはさほど良くない製品を高く販売することが必要となり余計な苦労が増すことになりますので、販売者はわざわざそんなことはしないでしょう。次に、他人の顔色ばかりを伺う販売者だったならば、お客様はそんな販売者を信用して製品を買いませんし、生産者がその偽りの言葉に感激をすることはないでしょう。

「本当に製品が良い品物だと感じた」あるいは「松下翁から製品への自信を感じた」となってこそ、販売者も自信を持ってお客様に製品を販売でき、お客様も同様に良い品物だと感じ購入することとなります。それが「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしとなり、生産者にとっても大きなプラスになります。

では、生産者の立場としては、自分たちの魂と至誠がこもった本当に良い製品や自信を持てる製品を生み出すためにはどうすればいいのでしょうか。稲盛和夫さんはそのような製品を、「手の切れるような」製品と呼び、著書「生き方」にて、次のようなお話をされています。

…そのとき私は、「手の切れるようなものをつくれ」といいました。あまりにすばらしく、あまりに完壁なため、手がふれたら切れてしまいそうな、それほど非の打ちどころがない、完全無欠のものをめざすべきだ。そういうことをいったのです。

…「もう、これ以上のものはない」と確信できるものが完成するまで努力を惜しまない。それが創造という高い山の頂上をめざす人間にとって非常に大事なことであり、義務ですらあるのです。…
(稲盛和夫さん著「生き方」より)
…たとえば新しく開発した製品でも、求められる仕様、性能などの必要条件がクリアしていればよいというわけではありません。最初に考え抜いて「見えた」理想とする水準にまで達していない製品は、いくら基準を満たしていても、いいものとはいえないのです。そんな無難な水準の製品では、市場に広く受け入れられることはありません。…
(稲盛和夫さん著「生き方」より)
…物事成就の母体は強烈な願望である。あまり科学的とはいえない言葉ですから、これを単なる精神論として退けたがる人もいることでしょう。しかし思いつづけ、考え抜いていると、実際に結末が「見えてくる」ということが起こるものです。

つまり、ああなったらいい、こうしたいということを強く思い、さらには強く思うだけそうやって思い、考え、練っていくことをしつようにくり返していると、成功への道筋ュレーションをくり返す。…

そうやって思い、考え、練っていくことをしつようにくり返していると、成功への道があたかも一度通った道であるかのように「見えて」きます。最初は夢でしかなかったものがしだいに現実に近づき、やがて夢と現実の境目がなくなって、すでに実現したことであるかのように、その達成した状態、完成した形が頭の中に、あるいは目の前に克明に思い描けるようになるのです。

しかも、それが白黒で見えるうちはまだ不十分で、より現実に近くカラーで見えてくる――そんな状態がリアルに起こってくるものなのです。…
(稲盛和夫さん著「生き方」より)

稲盛さんは、上記のように「手の切れるような製品を生み出すためには、カラーで見えるまで何度も何度も思いつづけ、考え抜く必要があるのだ」と仰っています。更に、この思いつづけることの大切さについては、良い製品を生み出すことだけにとどまらず、人が生きる上でとても大切なことなのだと以下のようなお話もされています。

世の中のことは思うようにならない――私たちは人生で起こってくるさまざまな出来事に対して、ついそんなふうに見限ってしまうことがあります。けれどもそれは、「思うとおりにならないのが人生だ」と考えているから、そのとおりの結果を呼び寄せているだけのことで、その限りでは、思うようにならない人生も、実はその人が思ったとおりになっているといえます。

人生はその人の考えた所産であるというのは、多くの成功哲学の柱となっている考え方ですが、私もまた、自らの人生経験から、「心が呼ばないものが自分に近づいてくるはずがない」ということを、信念として強く抱いています。つまり実現の射程内に呼び寄せられるのは自分の心が求めたものだけであり、まず思わなければ、かなうはずのこともかなわない。

いいかえれば、その人の心の持ち方や求めるものが、そのままその人の人生を現実に形づくっていくのであり、したがって事をなそうと思ったら、まずこうありたい、こうあるべきだと思うこと。それもだれよりも強く、身が焦げるほどの熱意をもって、そうありたいと願望することが何より大切になってきます。
(稲盛和夫さん著「生き方」より)
…もう四十年以上も前、松下幸之助さんの講演を初めて聴いたときのことでした。当時の松下さんは、まだ後年ほどには神格化されておられないころで、私も会社を始めたばかりの、無名な中小企業の経営者にすぎませんでした。

そこで松下さんは有名なダム式経営の話をされた。ダムを持たない川というのは大雨が降れば大水が出て洪水を起こす一方、日照りが続けば枯れて水不足を生じてしまう。だからダムをつくって水をため、天候や環境に左右されることなく水量をつねに一定にコントロールする。それと同じように、経営も景気のよいときこそ景気の悪いときに備えて蓄えをしておく、そういう余裕のある経営をすべきだという話をされたのです。

それを聞いて、何百人という中小の経営者が詰めかけた会場に不満の声がさざ波のように広がっていくのが、後方の席にいた私にはよくわかりました。

「何をいっているのか。その余裕がないからこそ、みんな毎日汗水たらして悪戦苦闘しているのではないか。余裕があったら、だれもこんな苦労はしない。われわれが聞きたいのは、どうしたらそのダムがつくれるのかということであって、ダムの大切さについていまさらあらためて念を押されても、どうにもならない」

…やがて講演が終わって質疑応答の時間になったとき、一人の男性が立ち、こう不満をぶつけました。

「ダム式経営ができれば、たしかに理想です。しかし現実にはそれができない。どうしたらそれができるのか、その方法を教えてくれないことには話にならないじゃないですか」

これに対し、松下さんはその温和な顔に苦笑を浮かべて、しばらくだまっておられました。それからポツリと「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」とつぶやかれたのです。今度は会場に失笑が広がりました。答えになったとも思えない松下さんの言葉、ほとんどの人は失望したようでした。

しかし私は失笑もしなければ失望もしませんでした。それどころか、体に電流が走るような大きな衝撃を受けて、なかば茫然と顔色を失っていました。松下さんのその言葉は、私にとても重要な真理をつきつけていると思えたからです。

思わんとあきまへんなあ――この松下さんのつぶやきは私に、「まず思うこと」の大切さを伝えていたのです。ダムをつくる方法は人それぞれだから、こうしろと一律に教えられるものではない。しかし、まずダムをつくりたいと思わなくてはならない。その思いがすべての始まりなのだ。松下さんはそういいたかったにちがいありません。…
(稲盛和夫さん著「生き方」より)

社会から信用が得られる製品を生み出す過程で不可欠となる生産者の感激を得るためには、その過程において社会的信用を生む製品をカラーでイメージし続けるだけではなく、生産者がその苦労を認めてもらうことで感激している姿をカラーでイメージし続けることも不可欠であり、これは「感動をデザインすること」であるのだと私は考えています。生産者の感動は、販売者の感動となり、至ってはお客様の感動になりその製品の市場自体が発展してく要因になるのだと私は考えています。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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