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凛とした女の子になって、自由になる

わたしが向田邦子さんのことを知ったのは、中学校の国語の授業ででした。
「筆不精」、「筆まめ」という言葉(今でも意味はあいまいですが)を知りました。

国語の先生は見た目から授業からぜんぶ印象的な人でした。手書きの学年だよりを授業で読んだり、テストで中学生の知識ではとうていわからない歴史の問題を出題したり(今でも絶対わかんない)。
先生とは昨年、勤めていた熱海のホテルで偶然、12年ぶりに再会しました!昨年定年退職され、熱海の芸術祭に参加するため、旦那さんと一緒に熱海に宿泊したそうです!中学のときは反抗的な態度でしたが、昨年は大人の態度になれたかな??懐かしくなっちゃいました!中学時代!先生は成人式に出てなかったので卒業生で再会した人私だけ??もしかして?もしこの雑文を読んでいる先生の消息を知りたい同級生、かすかな手がかりです!

印象的な授業をする先生のおかげで、なんとなく向田邦子さんを忘れずにいたいまからちょうど3年前、『向田邦子 ベストエッセイ』の読書会が開催されることを知りました。そしたら、NHKの全国放送に出てしまいました。

「自立する女性のパイオニアみたいだと思いました」と、そのときの読書会では言いました。と、放送されていたそうです(私は観てない)。最後の「手袋を探して」が特に印象的でした。いま、そのときの向田邦子さんの年齢になりかけているのだなと思うと不思議です。いや、比べるのもおこがましい……けど!

先日芸術劇場で「邦子狂詩曲」を観て、「手袋を探して」が読まれ、思い出しました。パイオニアであるとか、ジェンダーやフェミニズムなどの語句を超えて、オリジナルな"私自身"として手袋を探し求めて数々の作品を生み出していったのかもと、読書会から3年経ったいま、思いました。


邦子狂詩曲


国語の先生の手書きの学年だよりの数枚は、いまでも残しています。
阿久悠さんの詩『凛とした女の子におなりなさい』が裏面に印刷されている回のものを今読み返しました。

ヨワヨワしたりメソメソしたりはしていないつもりですが、「侮辱を感じさせない態度」はさせていないかというと、「まったくしてない」と言える自信がないです

侮辱を感じさせない態度をしたら
あとは自由に生きなさい
強く生きなさい
自由で強くてやさしい子を
凛としていると言います

阿久悠『凛とした女の子におなりなさい』

いま、わたしは試されているのかもと読み返して思いました。

向田邦子さんほどではないにせよ、
わたしも自由になるという夢?目標?生き方?に向けて、
まずは侮辱を感じさせる態度を取られたら、優雅にかわしたい。

まあ、いったん仕事から解放されれば、超自由な時間があって、
とても楽なのですが。

向田邦子さんの作品は3年前からちょくちょく読んではいるのですが、
まだまだ読み切れていないのでもっと読みたい!

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