見出し画像

高まるディスインフレ圧力

金融不安が市場に旋風を巻き起こしている。ただ、現状は未だ金融不安であり、「金融システム不安」に至っていない点は区別すべきだろう。金融システム不安とは銀行間で「あいつもこいつも危ないかもしれない」という疑心暗鬼が広まること、具体的には銀行間の膨大かつ超短期の資金のやり取りが疑心暗鬼からスタックすることである(あいつに貸しても返ってこないかもしれないと相互に牽制しあう)。この場合は中銀が全面的な流動性支援に乗り出すことでしか事態は解決せず、放置すれば銀行は日次で潰れていく。現時点のように「こいつだけが危ない」とリスクが隔離されている(と認識されている)うちは金融システムは依然として機能し、潰れた銀行を補完する形で新たな貸し手が無限に現れる。金融不安だけならば、経済は通常のリセッションパターンに進み、金融システム不安の場合は恐慌まで突き進む。その場合は株価より自分の解雇や会社の倒産や治安の悪化を気にしなくてはいけない世界が来る。

なお、先週はFRBによる流動性供給が急増したことが話題となったが、流動性供給のような銀行間システムへの対症療法的な行動と、QEのようにそれ自体で経済活動を引き上げる試みは分けて考えるべきである(図表)。システム不安が懸念される状況で流動性を注入しても、景気を浮揚させることも、ましてやインフレ期待を引き上げることはない。水分不足で死にそうな人間に水を飲ませることと、人間に無理やり水を飲ませて血圧を上げて元気にしようとする試みは目的も結果も違ってくる。

話を戻すと、今後の主眼は果たして金融システム不安に発展しないのか、という点に絞られる。とりあえずGFC以降はそういう事態に陥らないよう国際的にバッファを積み、投資行動にも規制をかけ、膨大かつ面倒な決算開示を行ってきたわけなので、そうそうGFCの再来は無いと信じたいところであるが、米国ではこうした問題を招いた監督体制の甘さ、そもそもの規制法であるドット・フランク法がトランプ大統領に骨抜きにされてしまったことも含め、米銀に対する懐疑的な見方は拭いきれないだろう。金融市場は一面では「いじめ」であり、弱いところを理由もなく叩き内輪で勝手に盛り上がる時間帯が必ずある。やられるほうに理由がある、と臆面もなく言ってのける点も同じである。やめろと言ってもやめず、根本的な解決が難しい点も似ている。学校という名の当局の介入で収まるかどうか、市場の反応を市場自身が確かめ、「飽きて」もらうほかない。

実体経済に目を移すと、先週今週は重要指標が立て込んだ。先週末の雇用統計では雇用は予想比上振れ、賃金は予想比下振れとなり差し引きノーイベントとなった。当noteで追っているindeedの週次求人件数は年明けから減少傾向が続いており、労働市場のひっ迫は年明けから緩和方向とみられる(図表)。

その他、労働参加率は上昇、失業率も上昇した(図表)。この現象は通常であれば景気回復を背景に労働意欲を取り戻した人が増えていると解釈されるが、現在ならば「過剰貯蓄」がぼちぼち払底し嫌々ながらも働きに出る人が増えた、と解釈すべきだろう。非自発的パートタイマーも失業者としてカウントするU6失業率が上がっていることもその解釈を裏付ける。言うまでもなく賃金減速の要因となる。

その後、今週火曜日に満を持して公表されたCPIは予想通りとなったが、SVB問題でFRBの動きが読みにくくなっている現状、余計な波風を立てない結果が好意的に解釈され上げ材料となった。

内容だが、耐久財、非耐久財、サービスの3項目では耐久財と非耐久財は鈍化傾向が鮮明となる一方、サービスが全体を強く押し上げている(図表)。それぞれの伸びを抜き出しても、前者2つが折り重なるように減速しているのに対し、サービスだけが伸び続けている。

そのサービス価格は、最早「レントフレーション」と呼ぶべき一本足の状態になっている。サービス価格を家賃とそれ以外に分けると、家賃の伸びが未だに拡大する一方で家賃以外はすでに鈍化に回っている(図表)。CPIの鈍化は家賃の鈍化にかかっているわけだが、住宅価格はすでに伸びが鈍化しており、今後はそうした外堀の埋まりっぷりが家賃へいつ波及するかを当てるゲームになる。

最後にPPIの鈍化であるが、中国の「デフレ輸出」が時間差で影響してきた可能性がある。米国の最大の輸入相手は中国であり、中国でのデフレは当然ながら米国の対中輸入物価を押し下げる(図表)。足元で中国景気の回復に期待が集まっているが、基本的にはグローバルなインフレを再加速させない、穏当なものに落ち着くだろう。

以上、景気の自律的な減速に加え足元では金融不安も広がる中、市場はFRBのピボットにこれまで以上の期待を集めている。既にクリーブランド連銀のCPIナウは一段の鈍化を示している(図表)。市場では金利低下やFED pivotを予見してハイテク株が水を得た魚のように跳ね回っているが、金融システム不安になるかどうかの疑心暗鬼が広がる中での投資はどうしてもギャンブルになる。銀行だけでなく、投資家もリスク管理を厳格化しなければならない時間帯が訪れている。

※本投稿は情報提供を目的としており金融取引を勧めるものではありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?