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父の恩恵

父が死んで、5年が経った。

昭和14年生まれの、山と海が好きで(パチンコも好きだけど)働き者の、手が器用な父だった。

割と平凡な人で、家の外では優しく人が良かったけれど、家の中では文句も愚痴も言う普通の人だった。


生きているうちはその父の存在価値など意識しないでいた。

勿論必要な人だったけれどその存在の本当の大きさに気づけもしないでいた。


父の話を始めればいろんなことが湧き出してしまうけれど、いくつかのエピソードはそれはまた機会があればとしよう。


父は先にも述べたように、山も海も好きな人だった。

山菜採りと釣りだ。

気ままに1人で行くこともあるが、仕事関係で仲良くなった人と行くこともあった。

その方は父よりはいくらか年下であるがよほど気があったようで山に海にと出かけていたようだ。

よく父の口から名前を聞いたものだ。

家族ぐるみと言うわけではなかったので私は名前はわかるけれど顔の方はおぼろげにしか覚えていない。

最後に会ったのはそれこそ父の死後、お世話になったお礼にと家を訪ねたきりだった。

父の友人なのだから疎遠になって当たり前なのだが、今年の夏、その方が自分で採ったたくさんのサザエとエゴグサを持って訪ねてきてくれた。

あいにく私は仕事で不在だったが、母からそれを聞いて驚いた。

サザエも、エゴグサも高級品だ。

早速にサザエはその晩、茹でて食べた。

エゴグサは後日、母と母の妹である伯母と調べながらエゴをこしらって食べた。

読んでくださっている方は馴染みがないかもしれないが、味がないので味噌ダレなどで食べるのだが、磯の香りが鼻に抜けて涼やかで、うちでは柚味噌をつけて食べたので、より爽やかで美味しかった。

なんと、幸せだろうか。

平凡か、それ以下の私たちの家族がなんとか幸せにやっていけているのは、やはりいなくなっても父の恩恵があるからだろう。

父本人がいなくなり、失ったものも大きかったけれど、遺してくれたものも確かにあるのだ。

それより何より、その方の中にまだ父がいて、父を思い出して、私たちを気にかけてくれたことが本当に嬉しかった。

涙が出るほど。

伯母が「その人、よっぽどお父さんのことが好きだったんだね」と言った言葉がまた嬉しかった。




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なにを書こうか。どうしようか。一切決めてない。きっと続かない。
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