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[インタビュー] モーツァルトは完璧な作曲家だね 1932.5.5

音楽も生き方もエキセントリックだったフランスの作曲家、モーリス・ラヴェル。友人や家族に宛てた手紙、他の作曲家についてのコメント、レクチャーやインタビューなどシリーズで紹介します。
ファンタジー小説、評伝、ラヴェル本人の残したものの3部門で構成されるプロジェクト「モーリスとラヴェル」の中のコンテンツです。

列車と列車の合間に、モーリス・ラヴェルと話す
インタビュー:ニノ・フランク(Candide紙)

パリ郊外、モンフォール=ラモーリーのベルヴェデール(眺望亭)で、人里離れて、一人平和に暮らすモーリス・ラヴェルは、疲れ知らずの旅人に変身していました。コンチェルト(『ピアノ協奏曲ト長調』)の成功によって、ピアニストのマルグリット・ロンとともに、ヨーロッパの四つの地域へと連れ出されたのです。わたしがパリで、列車と列車の合間にラヴェルと会えたのは、まったくの偶然でした。無愛想でよそよそしいのではと想像していたこの伝説的な作曲家が、実はとても小さくて、エレガントで、笑みを浮かべ、鋭くも明るい瞳を輝かせてこちらを見つめてくる、ちょっと低めの声で話す人物だとわかりました。世に出ている写真を見れば、ラヴェルはくっきりとした輪郭の顔に、銀色がかった髪と黒い眉、その顔は強い意志を表し、幾何学者によって設計されたみたいです。でも間近に見れば、その顔は、言葉にしがたい愛にあふれ、優しさを放ち、並外れた若々しさと輝く知性に縁どられて人間味があります。スペイン人のように小さくて痩せていて、何一つ不機嫌なところは見せず、慎み深さと臆病さを混ぜ合わせたようなところがあり、すっかり戸惑わされました、、、、

M.R.:国では体調がすぐれなくて、医者は6ヶ月間、仕事を休むように言ったんです。このコンチェルトに何ヶ月もの間、身を捧げてきたんですからねぇ、、、まあ、やり過ぎです。だからこの旅は、わたしにとって休暇なんですよ。ヨーロッパの国々を飛んでまわります。オーストリア、チェコスロバキア、ポーランド、ドイツ、オランダ(メンゲルベルクのコンセルトヘボウ管弦楽団と共演)、イギリスと、、、どこででも大歓迎を受けて、大成功となって、とても幸運でした。わたしはこのツアーをとても楽しんでいて、いろいろな場所で、わたしとはまったく違う世界の人々と出会えましたし、、、さらには、指揮をすることも楽しかったですね。リハーサルや様々な準備も、いつもの仕事から解放されるのに役立ちました。
M.R.:で、このコンチェルトについてのわたしの意見でしょか? なかなか良い作品で、、、自分が探していたものを見つけたと思いますよ。厳密に言えば、すべてではないにしてもね、誇張せずに言いますが。自分の探しているものが何か、人は正確にはわからないものです。ちなみに、もしいつか、運に恵まれて自分は成功したと思ったら、わたしはそこで終わってしまいます。いずれにしても、このコンチェルトは、わたしが求めていた内容や形式をものにできた、そして自分の願望を達成できたと胸を張って言える作品の一つとして、わたしの心を打ちました、、、でも、わたしはこの新作を、えこひいきしてるかな? これまでの作品すべての中で、わたしを満足させた一番の曲は、おそらく『マダガスカル島民の歌』でしょう。わたしの考えを完璧に表すことに成功した例を言うなら、ただ一つ。ボレロです。でもあれは単純すぎる作品で、、、大部分において、わたしはまだ自分の得たいものを見つけることに成功してはいない。ただまだこの先、時間は残されていますけどね、、、
M.R.:もしモンフォール=ラモリーでいつも仕事ができるなら(わたしはあそこでしか仕事しないんです、パリではできません)、そそくさと作曲をこなす人たちのようにはやりませんね。器用さというものを信用しないんです。曲の構造面において、わたしは科学的といえるような確実性、頑丈さを求めます。不純物のない材料を徹底的に探し、それをうまく統合します。わたしのコンチェルトは2年間を要しました、、、そうですね、わたしは交響曲に引き込まれた時期もあります。かなり長い期間、十年、二十年とね、それに取り組み、格闘しました。それが素晴らしい形態だったからです。それを推し進め、何度も取り上げ、、、そして、ある日、放り投げたんです。でもすべてが消え去ったわけじゃありませんし、おそらくまたそこに戻ります、、、今は劇場作品に没頭しています。何ヶ月もの間、ジョセフ・デルテイルの本によるジャンヌ・ダルクのことを考えてきました。内容も構成も素晴らしいんです。わたしは自分でデルテイルに、どのエピソードを台本に入れたいか示しました、、、が、まだ台本にはなってないんです。ここまでのところ、作業はすべて頭の中のことです。仕事に取りかかる前に、自分がどこに向かっているか、はっきりと知っておきたいわけです。
M.R.:劇場作品への挑戦は、いつもわたしを虜にします。すでにいくつかの試みはしてきましたけど、まだ探している様式が見つかっていません。マイアベーア*あたりのところで進歩が止まっているのが、信じられないと思いませんか。こういったタイプの出し物がずっと、ただの一つも進化してないってことにね。ワーグナーの劇作品はばかげてる。もっと違うものが考案されるべきでしょう。でも若い世代の人たちは、グノーやその仲間たちの枠組に戻ることに抵抗しがたいものを感じてる、というね。多分、解決法としては、軽快でドラマチックな筋立てに、歌とダンスを合わせることじゃないかな。
*ジャコモ・マイアベーア:ドイツの歌劇作曲家(1791〜1864年)。
M.R.:わたしの好きな作曲家? 誰かいたかな、、、。どうであれ、モーツァルトは誰よりも完璧な作曲家だね。彼は間違いなく、伝統音楽の父であるけれど、それがどうなったかについてモーツァルトを非難はできない。彼は音楽の化身だった。わたしはベートーヴェンを尊敬しているけれど、モーツァルトの音楽というのは、人を別世界へ連れていくものだね。モーツァルトの教えは、今日のわたしたちにとって「音楽」からの解放を手助けしてくれること。自らに耳を傾け、永遠の遺産に耳を澄まし、われわれのすぐ前の時代にあるものを忘れること。これが現在において純粋な様式を取り戻し(新古典主義と呼んでもいい)、それはある意味でわたしを喜ばせる。さらには、我々の時代というものに喜びを感じてる。この素晴らしき不安、あらゆる方向にむけての率直な探求心、こういったものが創造性に富む時代のしるしではないかな? あなたはわたしの影響力について言ったけれど、それは存在しないと言いたい。それはとてもいいことで、、、名前をあげましょうか。ミヨーがいますね、彼はある種の天才です。プーランク、彼は少ししか書いてないけどね(ラヴェル流の皮肉か?)。若手の中では、誰だろう、ドラマチックなセンスのある(マルセル)ドラノア、、、ドイツ人ではどうかな? 彼らは知性に走りはじめているね。でもヒンデミットは本物の音楽家だね、難解かもしれないが。どこにでも才能豊かな若い人たちはいますよ。たとえばチェコスロバキアね(名前は難しくて言えないけれど)、素晴らしい作品をわたしは聴きましたよ。

インタビューを終える前に、わたしはモーリス・ラヴェルにレコーディングについて聞きました。『博物誌』『道化師の朝の歌』『ピアノ三重奏曲』の作曲者として知られるラヴェルは、フランスの作曲家の中でも、大きなレコード会社に好かれていますが、もっともだと思います。

M.R.:ええ、蓄音機はとても好きです、ラジオよりずっといいでしょう、、、わたしの作品の録音の中で一番わたしが気に入っているのは、ポリドールから出た『ボレロ』で、自分で指揮をしました。『ラ・ヴァルス』については、多くの録音の中でアルベール・ヴォルフ指揮によるものが一番でしょう。とはいえ、どの指揮者も、冒頭の問題箇所を解決できなかったね。いつかあの曲に修正を加えようと思う。マイクロフォンが音を歪めてしまっている箇所があるんだ。新しい録音では、わたし自身で指揮をとると思う。『マダガスカル島民の歌』をポリドールがもうすぐリリースすることも書いておいて。それからコロンビアで、マルグリット・ロンとストララム管弦楽団と一緒に、ピアノ協奏曲を録音する予定があるね、、、

アービー ・オレンシュタイン編 "A Ravel Reader: Correspondence, Articles, Interviews"より 日本語訳:だいこくかずえ(葉っぱの坑夫)


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