タコス ❌ 独立記念日、スペイン語と日本語とAI翻訳アシスタント
9月15日、メキシコの独立記念日のイブにホームメイドのタコスを作って食べました。メキシコシティに住む友人が、タコスで祝ってほしいと言ってきたから。で、どうせならと、トルティーヤを含めてすべて手作りで、と決めました。スーパーマーケットでtaco kitを買って作ったことはありますが、手作りというのは初めて。うちにある材料のみで、なんとか作ってみようと。(あ、トッピング用のチーズがない、けどいいことにしよう)
メキシコの友人アジエルとは、ほんの2か月ほど前に知り合ったばかりです。7月のある日、朝、コーヒー片手にメールチェックをしていると、ポンッと1通のメールが飛び込んできました。知らない名前、だれ?
読んでみると、(英語で)わたしはメキシコの新米作家です、Happanoとコラボレートしたいんですけど、わたしの tale を読んでもらうにはどうすればいいですか?と。ごく短いメールでした。ほぉ、メキシコかと、なんかそういう気分になって、その場で返事を送りました。ではあなたの「tale」を一つか二つ送ってください、と書いて。
小説とかstoryではなく、「tale」と彼女が言っているところに興味を惹かれました。スペイン語で「cuento」、葉っぱの坑夫が2017年に出版した、オラシオ・キローガの『南米ジャングル童話集』(Cuentos de la selva)を思い起こさせます。
その4時間後、彼女からtaleが二つ送られてきました。どちらも不思議な設定と雰囲気をもった物語でした。一つはカコミスルというメキシコ原産の動物が登場し、もう一つはルーマニアのワラキア地方が舞台で、ルーマニア原産の4種類の牧羊犬が出てきます。どちらの動物も何故か宇宙と繋がっていて。文章の拙さ(なのか?)やストーリーの流れに飛躍があるものの、マジカルな魅力があると感じました。どちらも小説、というよりtale、一種の民話みたいな。「宇宙民話」という言葉が浮かびました。
アジエルはスペイン語が第一言語(母語)で、英語は解するものの作品はスペイン語で書きます。やりとりは英語で出来るとして、さて、もし作品を日本語に訳すとなったらどうしたらいいでしょう。(下読みはAI翻訳で英訳して読みました。スペイン語と日本語より、スペイン語と英語の方が近いので)
方法として1.西日翻訳者に頼む、2.西英翻訳者→日本語、3.それ以外の方法。
1は当てがとりあえずなく、2は仕事をしたことがあるイギリス人とアルゼンチン人が一人ずついます。が、今回は何か違う方法を取りたいと思いました。その理由は、一つには著者が作家として発展途上であることから、オリジナル原稿にもチェックが必要かもしれないことがありました。
そこで思い出したのが、以前にインタビューを受けたことがあるチリのジャーナリストの女性です。そもそも、アジエルが葉っぱの坑夫を知ったのは、その人の書いたインタビュー記事(Medium)を読んだことがきっかけでした。その人はスペイン語が第一言語(母語)ですが英語が使え、しかも葉っぱの坑夫のことをよく知っています。彼女にサポートしてもらうことができたら、まだあまり試みられていない、新しい方法でスペイン語の作品を日本語に訳すことができるのではないか、と。
インタビューは3、4年前のことなので、果たして連絡がとれるかどうか。アジエルに相談した上で、そのジャーナリスト、フェルナンダにメールを送ってみることにしました。
「葉っぱの坑夫のこと、覚えていますか?」
「もちろん! 少し前にあなたのことを考えていたんですよ!」
おー。二つ返事で彼女はこのプロジェクトの助っ人になることを約束してくれました。頼もしい助っ人です。さっそくアジエルの作品を読んでもらうと、想像していた以上に、話をとても気に入ってくれたようでした。そしてすぐに、スペイン語の原稿に添削を入れてきました。作家もそれには感謝感激。
こうしてトントントンと、あっという間にプロジェクトがスタートしました。さて3の方法ですが、具体的には、わたしがスペイン語の原文(添削が入ったものを含む)をAI翻訳を通して英語で読んで日本語にする。その日本語をAI翻訳で英訳し、作家と助っ人に間違いがないか確認してもらう。大枠はそのような手順です。(DeepL、Google、ChatGPTの三つを使用)
始める前はうまくいくか、多少心配でしたが、やってみるといろいろわかってきたことがあります。スペイン語と英語は、いくつか翻訳の際の障害になることがあるものの(スペイン語で3人称の主語が省かれた場合、sheとheの混同が起きるなど)、それなりに近い言語だと思いました。
翻訳というと、一つの言葉を逐語的に別の言葉に移し替える、というイメージがあるかもしれませんが、実際は、起きていること(状況)や情景を翻訳するという面がかなり大きいのです。作者の意図の方向性を捉えることが最も大事で、それを日本語で理解しやすい言葉にして表すことが求められます。逐語訳に囚われすぎると、意味としては間違っていなくとも、日本語としては通りにくい(理解しずらい)文章になってしまうことがあります。
わたしが選んだ3の方法は、もしかしたらそれほど破天荒でルール違反なやり方でもないのかもしれません。助っ人のフェルナンダ自身、ポルトガル語の詩をAI翻訳を使ってスペイン語に訳したことがあるそうです。まあ、この二つは近い言語ではありますが。ただ、わたしの思いつきを超えて、こういう方法はすでに行なわれている可能性はありそう。
ただAI翻訳は完璧ではないので、何か疑問が出たときは、原文のスペイン語に当たることもしています。ここまでのところ、いくつかの翻訳の間違いや誤差は指摘されましたが、概ねうまく進んでいます。目標語の訳文を訳し戻す(この場合、スペイン語 → 英語 → 日本語を、英語に戻す)、つまり逆翻訳によって確認作業をし、訳文の正確性をあげています。
面白いことに、これをきっかけに、わたしがスペイン語の学習を始めたところ(多少の基礎あり)、アジエルが日本語を学びたいと言ってきました。もともと彼女は日本のアニメや音楽が好きで、Visual-KeiとかJigoku Shojoのファンみたいでした。またフェルナンダは大学で日本文学を学んでいて、『伊勢物語』や『源氏物語』を読んでいました。これらの作品の主人公の身に起こることがマジカルで、南米文学のマジックリアリズムの原型みたいだし、中南米の「cuentos(物語)」の伝統とも関係ありそう、と。そしてアジエルの「tale」も、これと関係があるように見えると言っていました。
メキシコ人、チリ人、日本人、そして何人とは言えないAI人も加えて、なんか面白いことが起こるか?! 作品にとって大事なのは最終の成果だけじゃない、と信じていて、作る過程で起きること、そのプロセスでもたらされる参加者の気づき、成長や変化、革新、相互間の影響、新たな方法論の開発といったことが現状にさざなみを起こすこともあり。たとえば伝統的翻訳法に自由を与えるとか、難しいと思われてきた少数言語の文学作品にも、翻訳の可能性が生まれたり。
人間の創作行為は、たった一つの正統的なやり方に集約されるわけではない、でしょう?
翻訳という行為も、この創作行為の一環の中にあって、言葉から言葉への変換というより、人と人を繋げるもののようにも感じています。だから言葉を固定的なモノのように扱って、こっちからあっちへ移すのではなく、意図や意志を汲みとって伝達するところに良さがあったりします。
意図を汲みとることの中には、文化的な背景についての知識も入ります。
最近あったことですが、ウガンダの作家の小説(英語)を日本語にしていて、理解がもう一つ進まず、小さな混乱が起きたことがありました。作家に問い合わせをして、メール交換をする中で、ある英単語の受け止め方に間違い(理解の幅が狭い)があったとわかりました。
その言葉とは「settler」という単語。その英文は「settlers」と「nomads」を対象的に置いて書かれたものでした。settlerは、たとえば英辞郎で調べると「入植者、移住者、開拓者」となっています。日本語での理解でいうと通常のものだと思います。AI翻訳でも、settlerは一律「入植者」と訳されます。故郷の国や街を出て、よその土地に移り住んだ人というニュアンスです。
この理解でそのウガンダの小説の英文を読むと、ピンとこないところがありました。作家への問い合わせでわかったのは、settlerは、「定住者」の意味で使われていたのです。nomadの「流浪者、遊牧民」に対して、定住している人のことを指していました。作家の説明の中に、「日本人もsettlerだから」とあって、理解しました。
日本語の世界では、settlerは入植者という理解であることに加えて、わたしを含めた日本人には、自分たちが「settler(入植者、定住者)」であるという意識が薄いことが、言葉を狭く、固定的に捉えてしまう原因になっているのかもしれません。
アフリカのある民族がsettlerで、土地に根づいて暮らす人、別のある民族がnomadとして流浪して暮らす人、という知識があれば、settlerを「入植者」1本やりでは捉えなかったでしょう。
翻訳作業の中には、このようなことがたくさん転がっていて、言葉の辞書的な意味だけに注目していたのでは理解が追いつきません。
ところでAI翻訳はアシスタントとして最高です。非常に役にたっています。スペイン語 → 英語はもちろん、英語 → 日本語、日本語 → 英語とすべてのケースで。DeepL、Google、ChatGPTはそれぞれ特徴があって、3つ同時に並列・比較使用すると理解の幅が広がります。DeepLの日本語はこなれていますが文を飛ばしたりとエラーが多いです。Googleの日本語は不自然なことがありますが、おおむね律儀に逐語的に訳します。ChatGPtは頼めば訳文の内容の解説までしてくれて高度です。
自分以外の翻訳者をあまり知らないのではっきりとは言えませんが、翻訳におけるAIの役割はいま、すごく大きいのかもしれません。そして精度がもっと増せば、どんどん使えるものになっていきそうです。
わたし自身は英語力の足りないところをずいぶん補ってもらっていて、今となってはAI翻訳抜きで翻訳作業をすることは考えられないくらいです。
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最初の独立記念日の話にもどると:
9月16日はメキシコの独立記念日ですが、同じ月の18日はチリの独立記念日だそうで、どちらも1810年と同じ年に起きたこと。アジエル、フェルナンダの二人から、それぞれその日を祝う特別な料理があると聞きました。それに当たる日本の記念日は、、、敗戦(終戦)記念日? 戦争状態からの「解放」という意味では、祝っても、、、いや祝えないでしょうね。だから特別な料理もない。いまから作るわけにもいかないし、、、でも、あってもよかった? 芋料理とかどうだろう。(ちょっぴりメキシコやチリの独立記念日がうらやましくて…)
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