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第017話 嘘をつかない

 ネオガイアには私の専用ルームがある。そこに一人の人物を呼び出した。

「お久しぶりです、サキさん。珍しいですね、私を呼ぶなんて」
「こんにちは、クゥイン。本当、久しぶりね。たまには幹部とのコミュニケーションも取っておきたいなと思って。ゆっくり話せたらいいなと思ったんだけど、いいかしら?」
「ええ、もちろん」

 私のルームはモルディブのリゾートホテルのような海に浮かぶコテージだ。クゥインと海を眺めるために置かれたソファーに座る。

「どう? 楽しくやれているかしら?」
「はい。ネオガイアにあるバグは時々強いものもいますけど、逆に倒しがいがあって楽しいです。あ、でもバグが出ないことが一番なんでしょうけど」

 クゥインは少年のように目を輝かせたと思ったら、バツの悪そうに肩をすくめた。

「ふふふ、そうね。でもクゥインのおかげでかなり助かっているわ。あ、そう言えば。クゥインの紹介で一人G社に入ったって聞いたけど、その子も強いのかしら?」
「そうですね、筋はいいと思います。でも、思想がG社に近いのでそこが一番の決め手でした」
「それはいいわね。見ている方向が同じじゃないといずれ歪(ひずみ)が生まれるもの。一度歪んでしまった珠はなかなか元に戻すのは難しいから」

 歪んだ珠は私のことだ。同じ方向を見ていたが、今は違う……。

「人はなかなか考え方を変えられませんからね。でも、彼なら大丈夫だと思いますよ」
「そう。彼とは仲がいいの? 元々ネオガイアユーザーなのかしら?」
「仲はまぁ、それなりにですかね。出会ったのはバトルフィールドなので、ユーザーでした。ネオガイアから配信とかもしているみたいです。配信は見たことはありませんが」

 鈴山八広。彼はハピバ島を出て、G社に入ったとドロピから聞いた。G社に入ったことは残念ではあるが、それは仕方がないことである。ただ、あのハピバ島の存在とハピバスーツはG社に知られてはならない。
 今の所、クゥインは何も気がついていないようだ。私は小さく胸をなでおろし、クゥインに笑顔を向けた。

「最近、ネオガイアを使って配信する人って多いものね。配信を見た人がネオガイアを利用し始めたという話も聞くし、とても良いことだわ」

 それから暫くの間、クゥインと他愛もない話をして別れた。



 ◇

 青く澄んだハピバ島の空は今日も眩しい。桟橋に降り立つとドロピがピピピと僕に声をかけてきた。

「やぁ、ドロピ。待ってた? ははは。可愛いな」

 八広がこの昼間のハピバ島に来なくなってから二ヶ月くらい経ったかな。今はこの生活にも大分慣れてきた。最初は八広の提案に戸惑ったけど、自分たちの成長のためにはこれで良かったのかもしれない。じゃなきゃ、自分で音楽を編集しようなんて思わなかっただろうし。

 # エピトさん歌動画まだですか

 このハッシュタグで背中を押してくれるリスナーさんもいたりして、やる気は十分ある!!
 早くやり方をマスターして週に一回は出したいよね。希望としては。
 ……あくまでも希望としてだよ?

 ピピピ

「大丈夫だよ。今は悩んではいないから」

 僕は大きな白い流木の上に座り、ドロピの頭を撫でた。ドロピは知っている。僕がとても悩んでいたことを。だって、あまりにも辛くてドロピの前で泣いちゃったから。

 実は八広がいなくなる前、配信の内容についてあまりよくない声がいくつか上がった。ダイレクトに書かれる辛辣な言葉は、僕の心を大きく削り取る。


――僕、悩まないたちなんで大丈夫だよ。


 平気なフリをして笑っていたけど、心はかなりボロボロだった。大丈夫なわけがなかった……。

 八広がいなくなってやり方を変えると、今度は違う意見を目にする。どっちの意見を取り入れても誰かが悲しんだり、不安になったりしていて、僕はどうしていいか分からなくなっていた。
 そんな中で迎える僕の誕生日。誕生日配信の告知もままならないし、一体誰が僕をお祝いしたいと思うのだろう。いっそ誕生日配信なんてしなくて良いんじゃないかって思っていた。だけどそんなことは言い出せず、僕は焦りと不安を隠しながら日々の配信を必死にこなしていく。

 でもダメだった。
 限界だった。
 あまりにも辛くて、SNSのツールをアンインストールした。

 一日何も見ずに少し冷静になって考えよう。そう思ってパソコンからも離れるため外に出た。目的もなくふらふらと歩き、少し大きめの公園に着きベンチに座る。目の前は芝生広場になっていて、犬と散歩している人がいたり、4、5歳くらいの小さな子供とお母さんがボールで遊んでいたり、みんな各々が楽しそうに過ごしていた。
 投げられたボールを上手くキャッチ出来ない子供が、取り損ねたボールをキャッキャと嬉しそうに拾いに行く。両手を広げないと掴めない大きなボールだ。僕はその子をぼうっと眺めていた。もう一回もう一回と何度もせがみ、何度も取りに行く。拾いに行くのが楽しいみたいだ。お母さんは多分飽きているかもしれない。でも笑顔だった。


 僕すら楽しめていない今の状況は一体誰が得してるんだろう。


 その親子を見ながらふとそんなことを思ったんだ。
 謎だなって。

 きっと誰もいない。
 だったら僕がめーいっぱい楽しめる配信をするべきなんじゃないか? 僕が楽しかったら、少なからず僕は得をしている。それを踏まえた上で、前のようにダラダラと配信するのではなく企画を立て、それに基づいた会話を皆とするようにしよう。

 そう心を切り替えた。

 配信だけじゃなくって、少しでも成長した僕を見て欲しいと思ったから、3Dアバターを一から作成することを決めた。難しくてめげそうにもなったけど、ここでやめたら意味がない。そう思ってなんとか完成させた。
 初めて作ったアバターのお披露目では、皆に喜んでもらえて凄く安心したのを覚えてる。

「よし、今日はハピバ島チャレンジの日だね! 好成績をおさめるぞ! ドロピ、よろしくね!」

 ぐるりと一回転するドロピに僕は笑顔になる。流木の上に立ち、僕は太陽に右手をかざした。遠くにある明るい未来を掴むように拳を作る。


「自分に正直に嘘は絶対につかない」


 応援してくれる皆に沢山のごめんなさいとありがとうの気持ちを込めて声を出した。
 少しずつでもちゃんと成長していける自分でありたいから、僕は楽しんで行こうと思う。

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