志村、後ろ!

なにやら昔書いた記事が急にたくさん読まれている。なんでだろうと不思議に思ったが、タイトルに「志村けん」が含まれているからだとわかった。

記事自体はまったく志村けんと関係がない。去年行ったウラジオストク旅行の話だ。(ウラジオストクにすら着いていない。)でも夢に出てくるくらいに、志村けんというアイコンは日本人の無意識に刷り込まれているということだろう。

両親はドリフが嫌いだったようで、志村けんをテレビで見る機会は人より少なかったように思う。それでもバカ殿の強烈なビジュアルと、アイーンというギャグは知っていた。どんなに見せないようにしてもすり抜けて来る志村けんというギャグアイコン。それを象徴するようなミニモニとのコラボ。

ミニモニにアイーンのやり方を教えていたような気がする。

(これかも。)

なんかこういういいようのないエネルギーを見ると、泣ける。たぶん志村けんが亡くなっていなくとも。でもそれは本質的には変わらない。それはその場にしかないエネルギーだから泣けるのだ。

テレビでは触れていなかったけれど、ドリフターズの曲はよく聞いていた。ベストアルバムをカセットテープに入れて聞いていたのだ。みんながMDで音楽を聞く中、ぼくはずっとカセットウォークマンでドリフターズを聞いていた。歌詞カードには荒井注の姿もあって、顔写真には天使の輪っかがかけられていた。メンバーの死すらも笑いにしていることに好感が持てた。志村けんの歌というと東村山音頭くらいしか思い出せないけれど、「ドリフの早口言葉」などで大オチを担当していたからやっぱりドリフの中でも偉大な人なんだなと漠然と思っていた。コントとして知らない分、純粋に音楽としてドリフターズを楽しんでいた覚えがある。「ミヨちゃん」とかよく口ずさんでいた。

ドリフターズもそうだが、志村けんの周りにいた人々や、志村けんとのコラボ、志村けんに影響を受けた芸、など志村けん本人ではなく、関係性がとても記憶に残っていて、故に偉大な人なのだなあと改めて思う。

ドリームマッチの志村と三村のコンビとか、日村のだいじょうぶだあのギャグとか、大悟との呑みエピソードとか、眉村ちあきの衣装とか。

志村、後ろ!は大発明で、おかあさんといっしょの公開収録とかで子どもたちが後ろ後ろと楽しそうに指摘するのを、今でも目にする。子どもたちの目はきらきらとして楽しそうで、志村けんはすごいものを残したのだなと改めて思う。

こうやって志村けんが残した笑いが、それぞれの芸となってまた新たな笑いを生むとき、志村けんは何度でも甦るのだなあと思う。コントと同じように、「志村の後ろ」には笑いが続いているのだ。

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