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東京一人旅_#3_聖地を失った巡礼者

午後1時。目黒を後にし再び山手線に乗り新宿に向かう。次なる巡礼地を目指して。

JR山手線は、駅毎に発車メロディが違う。昔と変わらない。一気に当時の記憶や感覚が蘇る。当時、このメロディに自己流の歌詞を付けて口ずさんでいたな。電車マニアの友人が、都内JRの発メロを集めたCDをくれたな。そんなことを思い出しながら新宿に到着した。

新宿発、小田急線の各駅停車。

再び小田急線に乗り換え「豪徳寺駅」へ。ここには私にとって最大の聖地があるのだ。「最大の聖地」って大袈裟な表現だが、要はかつての自宅であった賃貸アパートのことだ。東京在住の7年間、他に引っ越すことなく暮らした終の住処。
豪徳寺駅に着いた。「聖地」まで徒歩10分弱。駅から北側に延びる商店街を抜けていく。懐かしい町並み。建物や店構えはだいぶ様変わりしているが、昔のままも点々と残っていた。
お金に余裕がなかった当時の私にとって、暮らしの心強い味方だったフードレットスーパー「つるかめ」は無くなっていて、同じ場所に全く別系列のスーパーが入っていた。 つるかめの残像を思い出しながらそこでペットボトルの水を買った。
9月の日差しはまだまだ強く、猛暑だ。日傘をさして水をグビグビ飲みながら「聖地」に向かってテクテク歩いた。

1999年当時。豪徳寺駅から自宅アパートまでの道すがら。普段はショートカットして東急世田谷線沿いを歩いていたが、たまに遠回りして住宅街の中を歩くこともあった。

・・・あれ?変だな。アパートが見えないぞ。確かここだった筈なのに?? もしかして通りを一本間違えたか…?と、該当区画をぐるりと一周した。スマホナビの地図でも確認。当時から斜向かいにあった飲食店も確認。確かにここだ、間違いない。アパートがあったであろう地点には、今風デザインの新築っぽい戸建住宅が軒を連ねてひしめき合っている。えええ、どういうこと?!

…ってことはだよ?あのアパートは取り壊されて、更地にされて、新たにこれらの住宅が建てられたってことか??? 一体何故、誰が、いつの間に…。
あまりの唐突さに、にわかに状況が飲み込めず、道端に呆然とへたりこんでしまった。まるで聖地を失った巡礼者のように 。

私が住んでいたこのアパートは、引き払って地元岡山に戻った後だいぶたって、所用で上京した際に1〜2回見に来たことがある 。その時はまだあったのだ。昔そのままの姿で。 なのに、今はもう無い。私の東京時代のアイデンティティの象徴をなしていたあのアパートが、ごっそり丸ごと。

傾いてきた西日に照らされながら、Uターンした。
去り際には必ず、私の後ろ姿を優しく見送ってくれていたあのアパートは、もう無くなってしまった。
これから先、私が東京に来る機会があっても、いくら豪徳寺に来ても、あのアパートはもう居ない。もはやここに巡礼に来る意味がないじゃないか。

じわじわ湧き上がるショックと寂しさ。嗚咽号泣のような激しい感情吐露とは違う、重くて鈍い哀しみがうっすらと押し寄せる。 同時に「暑い。汗が出る。どこかで涼みたい」というイマココな身体的欲求が入り混じる。

「鶴の湯」がある豪徳寺商店街の片隅で。

何とか気を取り直して当初の予定通り、駅近くの昔からある銭湯「鶴の湯」に向かった。用を足して、汗まみれの頭の先から爪先までをきれいさっぱりと洗い流し、熱い湯船に浸かった。洗いざらしの着替え一式で身を包み、水をたっぷり飲んで、帰途の方向にむけて豪徳寺駅を後にした。

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