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夏の風はやさしく

家に帰ると、まず玄関の電気を点ける。
それから、扇風機。
そして、エアコンの電源を入れるようになった。

このあいだまで窓を開けていたのだけれど、毎日を覆う雨雲が行き去ったあと、エアコンのリモコンに手を伸ばした。

今日は、それから数日経った朝。
わたしは早起きをして、エアコンを点けることにした。

暑くて目が覚めるような絶望的な感じではない、と思って一度窓を開けてみたけれど
ぜんぜん涼しくならなくて、驚いてしまった。
これじゃあダメだ、と諦めたところ。

エアコンの、冷たい風が心地の良い朝。

季節が変わりゆくことが、いつも寂しかった。
寂しい、なんて言えば可愛げがあるような気がするけれど、実際のところは恐ろしかった。
「このあいだまで」とわたしはいつも思う。
このあいだまでコートを着ていたのに、長袖を着ていたのに、ストールを手放させなかったのに
気がついたらもう半袖の季節になっていることに、いつも「置き去りにされた」と感じてしまう。

まだへいきなのに、と幼いわたしが言う。
まだ長袖でも平気なのに、と思う。
まだエアコンの季節じゃないよ、と思う。暑いのに。

「へいきなのに」という幼いわたしが、消えてしまったわけではないけれど
いまはもう少しすなおに、生きられるようになった気がしている。
「暑いなら、エアコンつけよう」みたいな、当たり前の感情。
一昔前って、「エアコンつけたら負け」って感覚、なかった?

日々を快適に、やさしく過ごすことを、ようやく許せるようになった気がする。

そんなに我慢したり、寂しかったりすることも、ないのだと思う。
自分がすごく変わってしまったわけでもないけれど、ぐわりと振り返った昔に抱えていた「有り余る」ような何かを、もう持ち合わせていない。
いまはきっと、絞り出すように日々を過ごしている。

ぎゅっと絞り出す代わりに、少しだけやさしくなれたのだと思う。

夏の、風の冷たさを
いま、ようやく愛している。



【photo】 amano yasuhiro
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