夏の風はやさしく
家に帰ると、まず玄関の電気を点ける。
それから、扇風機。
そして、エアコンの電源を入れるようになった。
このあいだまで窓を開けていたのだけれど、毎日を覆う雨雲が行き去ったあと、エアコンのリモコンに手を伸ばした。
今日は、それから数日経った朝。
わたしは早起きをして、エアコンを点けることにした。
暑くて目が覚めるような絶望的な感じではない、と思って一度窓を開けてみたけれど
ぜんぜん涼しくならなくて、驚いてしまった。
これじゃあダメだ、と諦めたところ。
エアコンの、冷たい風が心地の良い朝。
*
季節が変わりゆくことが、いつも寂しかった。
寂しい、なんて言えば可愛げがあるような気がするけれど、実際のところは恐ろしかった。
「このあいだまで」とわたしはいつも思う。
このあいだまでコートを着ていたのに、長袖を着ていたのに、ストールを手放させなかったのに
気がついたらもう半袖の季節になっていることに、いつも「置き去りにされた」と感じてしまう。
まだへいきなのに、と幼いわたしが言う。
まだ長袖でも平気なのに、と思う。
まだエアコンの季節じゃないよ、と思う。暑いのに。
「へいきなのに」という幼いわたしが、消えてしまったわけではないけれど
いまはもう少しすなおに、生きられるようになった気がしている。
「暑いなら、エアコンつけよう」みたいな、当たり前の感情。
一昔前って、「エアコンつけたら負け」って感覚、なかった?
*
日々を快適に、やさしく過ごすことを、ようやく許せるようになった気がする。
そんなに我慢したり、寂しかったりすることも、ないのだと思う。
自分がすごく変わってしまったわけでもないけれど、ぐわりと振り返った昔に抱えていた「有り余る」ような何かを、もう持ち合わせていない。
いまはきっと、絞り出すように日々を過ごしている。
ぎゅっと絞り出す代わりに、少しだけやさしくなれたのだと思う。
夏の、風の冷たさを
いま、ようやく愛している。
【photo】 amano yasuhiro
https://note.com/hiro_pic09
https://twitter.com/hiro_57p
https://www.instagram.com/hiro.pic09/
スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎