見出し画像

「そこまでして」、と思うこと

今現在、わたしが他人に誇れるというか
自信を持って「趣味」と言えるのは、ソシャゲだ。
ゲームやらない友達に、「ソシャゲってなに?」と尋ねられ、答えに窮したが
一旦、スマホでやってるゲームだと思ってくれていい…

友達の勧めで「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているのだろうか」のアニメにどハマりして、
「ゲームは本気になってしまうからやらない」と豪語していたわたしが、どっぷりハマっている…
もしわたしが急死したら、「ダンまち」の世界に転生したと思ってください…

約1年、日課をサボることはあっても、ログインを毎日して
もうこれが、わたしの日々の癒しだった。
小さな目標を達成したり、ガチャを引けたり、自分が強くなる手応えがあったり、
わたしはなかなか充実している。

そんなゲームの世界で、最近由々しい出来事がある。

ダンまちアニメ2期が昨年公開、そのときに追加された新キャラが強すぎるのだ…
ライトノベルの原作では、もうとっくに登場していたらしいし、アニメでも散々祭り上げられていた。
ここで、新規キャラが弱いのも
たしかに、どうかと思う。
だから仕方ない。

仕方ないんだけど、この新キャラ「春姫」は回復だったり、
相手の能力を下げることに特化している。
攻撃自体は、そんなに強くない。

オート操作でユーザー同士戦うイベントがあるんだけど、
いま使える春姫のカードは2つ(衣装違いで使える)、パーティーの人数は6名までなんだけど
とにかく、春姫を2人入れている人が多い。

攻撃じゃなくて、回復と相手の弱化に特化した春姫のパーティは、「負けない」
そして、対するこちらは、倒せないと負けて行く。勝てない。
上位に行くと、春姫の回復量に、こちらの攻撃量が追いつかなくなってしまう。
いつまで経っても勝てず、制限時間でゲームオーバー。
残りの体力が多い春姫のほうが勝ち…

これに何度やられたか!
たしかに回復は大事だし、わたしのパーティーも後衛に回復キャラがいるし、
弱化だって大事な戦法だ。
そう、それはわたしだって使ってる。使ってるのに、なんで
それなのにわたしは、スマートフォンに向かってつぶやいてしまう。
「そこまでして勝ちたいか…」

そういえば最近、同じことを思った。
同居人の、ポケモン世界対戦を見ていたときだ。
「完全に受けだな」と、彼はつぶやいた。
自分自身の攻撃力で相手を「倒す」のではなく、
毒を吐いて、相手の体力を削って、自分は自己再生で体力回復。
攻撃を受けて、耐える。「負けない」パーティーだ。
ポケモンの対戦世界の毒は、道具でしか回復しないので、回復のアイテムを持っていないと、もうずっと毒。もうずっと体力削られっぱなし
放っておけば相手は死ぬのだ。
「そこまでして勝ちたいか…」このときもわたしは思った。

受けるポケモンだってもちろん戦略だ。
必要なんだ。
でも、6匹ぜんぶそれにする?
そこまでして勝ちたい?

受けポケモン1匹ならいいの?
でも、わたしの友達は受ける専門パーティーを組んでいるけど、わたしは彼のことが大好きだ。自信を持って言える。

そもそも、ポケモンだってダンまちだって、
好きなコンテンツが同じだという時点では同士だ。
それなのに、
いや、それだからか…

各々の矜持がある。
どの世界でもそうだ、ささいなことでも。

「マスクをしないで外出するなんて信じられない!」と言われたら、
「そうかもしれないけど、そこまで言う?」と思うかもしれない。

「いま、満員電車に乗るなんて信じられない!」というひともいるだろう。
そうしたら、マスクをして外出するひとも、「そこまでしなくても」と思うだろう…

同じ言語を使って、楽しく話せる相手でも
こんなに違っていることに、はたと気づいて驚いてしまう。
でも、こういうとき、だいたい善悪では決着がつかない。

わたしはそこまでして勝ちたくないけど、春姫を2人入れれば勝てるなら、そうするひともいる。そのひとには、勝つことが大事なんだから。

それはそうしたらいい。
勝てないわたしが悪い。
でも、どんなに頑張っても、いまのままのわたしじゃ勝てなければ
「そこまでして」をしなくてはいけない日がくるのだろうか…

わたしは「そこまでして」と思う。そして、誰かにそう思われる。
わたしがいま、約500円のスターバックスラテを飲みながらブログを書くことも、
「え、それに500円払う?」「じゃあ家で書けばいいじゃん」「ていうかそもそも、書かなければよくない?」

「そこまでして」、と誰かが襲い掛かってくるかもしれない。


photo by @hiro_57p


スタバに行きます。500円以上のサポートで、ご希望の方には郵便でお手紙のお届けも◎