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マスクとはなうた

気がついたら、すぐ近くに人がいて驚く。

友達のマンションの入り口だから、人がいるのはめずらしくないというのに
心の中で「やべっ」と小さく叫んだあと、にっこりとほほえむ。
「こんにちは」

このマンションに住む人は、すれ違うときに挨拶をする。
それがルールだと気づいてからは、わたしも挨拶をするようにしている。
わたしは住民ではないけれど、と思うけれど、すれ違ったこの人も住民ではないかもしれないんだった。

いつもならそんなに驚くないことはないのだけれど、今日は少し違った。

わたしはマスクの下、小さな声で歌っていたのだ。
スガシカオの、”Happy Birthday”

うまく話ができなくて、本当はすまないと思っている

「アニソン縛りでカラオケに行くなら、なにを歌う?」
昨日、話していたところだった。
けいおんの Don’t say “lazy” を聞きながら、わたしたちは愉快な気持ちだった。
友達は、pillowsを歌うと言っていた。
あとジャニーズがいい、と言っていたので、「犬夜叉の主題歌って、V6だったことあったよね」と言ったら、「CHANGE THE WORLDか、それもいいね」と笑い合った。
わたしは、小松未歩とGARNET CROWを歌うよ。
「氷の上に立つように」、あと「謎」
GARNET CROWの曲は歌うのが難しいから、うーん、「夏の幻」ならいけるかなあ。

アニソンに限らず、ユーミンだってスガシカオだって歌えばいい、と言われて少し悩む。
「ユーミンは、”ルージュの伝言”があるから」
ほかにも、いくつも。
ジブリで使われていた曲があるし、最新のエヴァンゲリオンで流れたアレが、ユーミンの曲だってわたしは知っている。

そうだね、スガシカオは
スガシカオなら、これでしょ!と、わたしたちは指をさす。

「Happy Birthday !!!」

名探偵コナンの映画1作目のエンディングテーマ。
歌っているのはスガシカオじゃないけれど、彼の楽曲だ。

昨日の、ささやかな幸福な時間を思い出しながら、わたしは歌っていた。
いつか君とカラオケに行けたらいいし、「行けたらいい」と思いながら暮らしている日々そのものが、なんだか悪くないと思っていた。

にぎやかなこの街の空に、おもいきり はりあげた声は

小さな声で、わたしは確かに歌っている。
べつに、誰かの誕生日ってわけじゃないけれど。

今日は、友達の誕生日じゃないけれど、世界の誰かの誕生日かもしれない。
でもわたしは知らないから、わたしのためだけに歌っている。

マスクの下、わたしが歌っていたことに、あなたは気づかないでしょう。
すれ違った瞬間、目が合ったかどうかも覚えていないから、わたしがほほえんでいたことも、あなたは知らないかもしれない。

知らないことは、たくさんある。と思う。
本当に知らないこともたくさんあるけれど、「気づかないこと」の多さに愕然とする。

あなたがほほえんでいたこと、もしかしたら泣いていたかもしれないこと
マスクの下で揺れる、小さな歌と感情の起伏。
わたしは、あまりにもぼんやりと暮らし、あまりにも勝手な想像を、気づくと押し付けてしまっている。
「押し付けてしまっている」ということすら、忘れている自分だっている。

見えないのか、見ないのか。
それすらも、見失いながら

それでも、わたしは歌っている。
マスクの下、小さな声で
ひとりの部屋で、深く息を吸って
やっぱり今日も、友達の誕生日ではないのだけれど。
あなたの歌というだけで、もうそれだけで勇敢になったっていいじゃないか。

今日もきっと、わたしの知らない世界がまわっている。
そのことを忘れないために、やっぱりこの曲を歌ってしまう。

ぼくに優しくしてくれた あの人へのHappy Birthday



【photo】 amano yasuhiro
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