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2023年。めざせポケモンマスターに泣いている

わたしは、泣いている。

何度でも泣く。
静かに、なみだを落とす。
わたしは、さびしい。

この春、サトシが
アニメ「ポケットモンスター」の主人公を、卒業する。

サトシがマサラタウンを旅立ってから
こちらの世界で言うところの、約25年の歴史をぎゅっとまとめた映像が、新宿の屋外広告に掲載されるらしい。

3月24日、最終回。

わかっている、わかっていた。
もう、ずいぶん前からわかっていた。

わかっている、ということは
さびしいという気持ちとは、まったくの無関係なのだ。

わたしは、さびしい。
卒業おめでとうなんて言いたくない。
でも、「サトシ以外の主人公は認めない」なんて言いたくないし、言うつもりもない。
カスミも、タケシも、いなくなって、やっぱりそのたびにさびしかったけれど。
でも、きちんと受け入れて、楽しく旅を続けてきた。

これからも、旅はどこかで続いてゆくのでしょう。
でももう、サトシの旅の、新しい話を、毎週見ることができないのは
やっぱり少し、さびしいのである。


これは、ポケモンとアニメ「ポケットモンスター」を愛した昭和生まれの
サトシの卒業に際した、心の叫びである。
10年経ったらどうか笑って欲しいけれど
いまは、バカみたいに泣きながら語らせて欲しい。

ポケモンに関する情報は、wikiなどを参照し掲載しましたが、誤りがあったらすみません。
ポケモンが好きなのは本当です


1.1997年。サトシ10歳、わたしも10歳

わたしは1987年生まれで、1997年には10歳だった。
そう、10歳。
サトシと同じ、10歳。

1996年2月に、ゲームボーイ用ソフト「ポケットモンスター赤・緑」が発売された。
我が家にも、ポケモンは導入されていたのだけれど、ゲームボーイは1台しかなくて、プレイしていたのは兄だった。

ポケモンはじわりじわりと「皆が知る」というコンテンツになり、アニメの第1話は、なかなか楽しみにしていたように記憶している。

サトシが、ホウオウの背中を追う、第1話の最後。

ホウオウというポケモンは、「赤・緑」には未登場で、152匹目以降のポケモンが登場することとなった「金・銀」の伝説のポケモンだ。

あの日サトシは確かに、まだ誰も知らないポケモンの後ろ姿を追って、旅立ったのだ。

わたし自身がゲーム「ポケットモンスター」をプレイしたのは、「金・銀」が最初となる。
なぜだか友達に「買いに行こうぜ」と誘われて、3人でゲオまで買いに行った。

そのときポケモンはそれなりに大きなコンテンツになっていたし、何より友達とゲオまで自転車で買いに行く、というイベントが楽しかったんだと思う。
わたしは「金」を選んで、最初のポケモンは他のふたりが選ばなかったチコリータにした。
あのころには、ゲームボーイポケット・カラーも発売して、「自分用のゲームボーイ」を持っている友達が多くなった。
帰りにはうちに集まって、通信ケーブルでポケモン交換をしたりしていた。

それから、直後に出た「クリスタル」をプレイして、一度わたしとポケモンの思い出は終了することになる。
(そういえば、「クリスタル」をやっていたのは、わたしだけだったかもしれない…)

そのあとは、FF9、テイルズオブエターニア、キングダムハーツなどRPGをプレイするようになった。
世の中は、64、プレイステーション、セガサターンなど、新しいゲーム機が次々に登場して、中学生になって部活動もしていたのに、毎週マガジンもサンデーも読んで、わたしは忙しかったのだ。
周りは、ジャンプを読んでいる友達ばかりだったので、ジャンプも読まないと話についていけないというか、あの当時のジャンプの連載マンガは後に長期連載・アニメ化になったものばかりで、とにかく盛り上がっていた。
家にはインターネットが引かれ、ポケモンのことはすっかり忘れていた。


2.2013年。一度、ポケモンに出会う

今でも不思議なのだけれど、わたしはアニメポケットモンスターの全シリーズをアニメで見ている。

1997年アニメが始まって、毎週楽しみに見ていたのは小学生か中学生くらいまでで、高校生や大学生のわたしがポケモンを見ていた記憶は全然ない。
それなのに、ヒカリのこともアイリスのこともよく知っているのだ。おかしい

おそらく、26,7歳のときに見たんだと思う。
西暦でいうと、2013年か2014年くらい。
サトシがマサラタウンを旅立ってから、16年。

わたしは中学も高校も、大学すらもとっくに卒業して、"バンドマン"と呼ばれるような、アルバイトとバンド(ライブ)活動を中心に暮らしていた。
あのときは恋人と別れて、引っ越したいけど一人じゃあムリ(家を借りられない)と思ったので、面倒見の良いバンド仲間に寄生しながら、家を借りてもらって一緒に暮らしていた。

そもそも順風満帆の真反対みたいな生き方をしていたわたし(「もうきっと、これ以上よくないことは起きないから大丈夫だよ!」なんて励まされるくらいは絶望していた)に、襲いかかったのは怪我だった。
それも、手。

バンドマンのくせにピアノが弾けなくなってしまったのだ。
一緒に住んでいるバンド仲間は、新しいバンドを組んでどんどん活動していくのに、わたしの手は全然動かない。
ライブハウスの仕事も、手が動かなくて思うようにできないし、他の仕事を探すような気力もなくて、わたしは絶望していた。

おそらく、このときにポケモンを見ていたのだと思う。
今より見られる作品が信じられないくらい少なかったHuluか、契約したばっかりのAmazonプライムで
何をしていいかわからなくて、でも時間だけが延々とあって、それが苦しくて

わたしは、サトシとピカチュウに助けてもらったんだと思う。
当時の記憶はほとんどないけれど、ポケモンのことだけは覚えている。
たぶんこのときに、シンオウ地方やイッシュ地方を旅していた。


3.2016年。まつなが、アローラ地方に旅立つ

もう本当に覚えていないのだけれど、このときの同居人もポケモンが好きだったらしい。
同居人は結構最近の作品までゲームでやっていたようで、新作の「サン・ムーン」を一緒に買おうと言っていた。

まつなが、人生で初めてポケモンのダブルパック(サン・ムーンのセット)を買う。
そして、アローラ地方に旅立つ。

それからのシリーズ「ウルトラサン・ウルトラムーン」「ソード・シールド」、そして昨年(2022年)リリースの「スカーレット・バイオレット」までダブルパックで買い続けている。

このころのアニメシリーズは「XY」で、この作品以降はAmazonプライムで毎週追いかけていた。
XYZの最後は、もうボロボロに泣いた。

なんていうか、人生紆余曲折あって、今回これでも自分語りは最低限にしたつもりなんだけど、ポケモンが友情をつないでくれたのは事実だった。
同居人と家族のようになれたのも
大学時代の友人と、今でも月1で会っているのも
ぜんぶ、ポケモンが導いてくれた。

気づいたら会社のデスクはポケモンだらけで、ポケモンの新作の情報や、ポケモンのおもちゃやおまけなんかは、わたしに届けられるようになっていた。


4.2019年。終わりを予期する

アニメ「ポケットモンスター」で、アローラ地方の冒険が終わった2019年。
新シリーズタイトルが「ポケットモンスター」だと発表された。

え、ふつうじゃない?と思うかもしれないけれど、そうではない。
アニメシリーズの「初代」と言われる1997年のシリーズ以降、「代替わり」するたびに、サブタイトルがついていた。
「ダイヤモンド&パール」「サン&ムーン」のような、ゲームシリーズと併せたものだったり、
「アドバンスジェネレーション」「ベストウィッシュ」のような少し違うタイトルがつくこともあった。
それでも共通して、「ゲームポケットモンスターの最新作で、主人公が旅をするルートを、サトシも旅をしている」というスタイルだった。

だから、ゲーム「サン・ムーン」シリーズが最新だったときは、サン・ムーンの舞台だったアローラ地方で、サトシも冒険していた。
で、「ソード・シールド」が発売していたので、次のサトシの冒険は、ソード・シールドの舞台、ガラル地方でのジムめぐりだと、わたしたちは疑わなかった。

新シリーズ「ポケットモンスター」
それは、カントー地方にある研究所に住みながら、サトシがいろいろな地方を旅する物語だった。

ああこれは、
ポケモンを長く愛するファンなら皆が考えたであろう。
認めたくないけれど

これで、サトシの冒険は最後かもしれない。
今まで通りの、二十余年ポケットモンスターの歴史は、終焉に向かっているのではないか、と。


5.2022年。サトシ、チャンピオンになる

サトシといえば、「ポケモンマスターになること」を夢と公言していた。
しかし、ポケットモンスターの世界に「ポケットモンスター」という職業や地位は存在しない。
まあ、サトシのことだから「ポケモンのことをめっちゃ知っている、めっちゃ強い最強のトレーナー」みたいな心意気だったんだと思う。
今までのシリーズで、「ポケモンマスター」については一度も説明されなかった。

そして、今回のシリーズの「ポケモンワールドチャンピオンシップス」である。

今までのポケモンシリーズでは、「旅をした地方内で、最強のトレーナーを決める」というのがゴール地点になっていることが多かったのだけれど、
「ポケモンワールドチャンピオンシップス」は、「すべての地方から最強のトレーナーを集う」というような制度だった。

今まで、サトシのライバルとして戦ったみんなが、もう一度出てくる。

ベスト16の試合が始まってからは、もう気が気じゃなかった。
対戦の組み合わせが発表されて、一喜一憂して
もうアニメを見ているんじゃなくて、実際に、野球とかサッカーの試合の結果や組み合わせを気にしているような、そんな日々を送っていた。

そして、願っていた。
もう、どうしようもなかった。

サトシ、負けないで欲しい。
でも、チャンピオンにならないで欲しい。

チャンピオン=ポケモンマスターではないけれど
きっと、最強トレーナーの称号を得たら、サトシの旅は終わる。
だから、どうか、チャンピオンにならないで欲しい。
でも、誰にも負けないで欲しい。

どうか、ワールドチャンピオンシップスよ、終わらないでくれ…

そんな意味不明な願いは叶うことなく、サトシは優勝した。
渋谷のビジョンに、サトシ優勝の速報が流れたらしい。


6.2023年冬。続投の噂に、違和感とリスペクト

ああ、サトシの旅は終わるんだと覚悟したその少しあと
テレビ東京のアニメ・ビジネス本部長が、「サトシの冒険は続く」というような発言をしていたのが話題になった。

「25年で初めて世界チャンピオンになったということで、サトシの今後がどうなっていくのか、大変注目されるところですが、冒険はまだまだ続きますので、今後のサトシの冒険がどうなっていくかは、今後のTVアニメで情報発信していくので、ぜひ楽しみにしていただければと思います」

ニュースサイトから引用

これを受けて、友人からも「サトシ続投決定だって!」とLINEが飛んできたのだけれど、どうしても違和感だった。
違和感というか、これ以上寂しい思いをしたくないので、「アニメは終わっても、サトシの冒険はどこかで続いていく」とか、そういうオチーーーと考えておくことにした。

でも、でも、もしかして
「サトシ」が主人公であるならば、それはポケモンの生みの親「田尻智」へのリスペクトへ他ならないのではないだろうか。

もう、彼の名をしる人は少ないかも知れない。
ポケモンシリーズのクレジットには、ずっと彼の名前が載っているけれど、
株式会社ポケモンの石原社長や、Twitterでみんなが大好き増田さんのように、メディアに露出はしていない。

でも彼こそが、田尻智こそがポケモンをつくった男であり、アニメ主人公のサトシは、彼の名前を使っている、というのは有名な話のひとつだ。
サトシの故郷、マサラタウンというのも、田尻氏が幼少期を過ごした町田をもじったものだと言われている。

ああ、田尻氏へのリスペクトとして、サトシが残るとしたら
それならば受け入れられるかも知れない

そう思っていた少しあとに、サトシが主人公を務める最後のシリーズ「めざせポケモンマスター」が発表された。

2023年3月
サトシは、ポケモンの主人公を卒業する。


7.2023年。めざせポケモンマスターに泣く

サトシが主人公の最後のシリーズは、1997年当時のポケモンを彷彿させる内容となっている。

今では時代錯誤だが、ヒロイン?のカスミは、自分のことを「世界の美少女」「おてんば人魚姫」と言って持ち上げる。
タケシは、きれいなおねえさんを見つけると、すぐにプロポーズしにいく。

今となっては信じられないけれど、昔はみんなそうだった。
少し時代は違うけれど、2022年から放送している「うる星やつら」とか、映画「スラムダンク」にも似たような懐かしさを感じた。
いまよりちょっと無秩序で自分勝手だった時代。わたしたちの子供のころの世界。

わたしはきちんと毎週、泣いている。
懐かしい仲間と、ピカチュウとサトシのその関係のひとつずつに、カスミとタケシの身勝手さと、信頼に。
サトシが旅をした、ひとりずつの友達、ポケモンたちに。

いま、途中まで見て、また見られなくなってしまった。
Twitterでネタバレを踏みたくないから、もうそろそろ見なくてはならないのだけれど
サトシの最後を見る、勇気がない
これを見なければ、「サトシの新しい冒険」がわたしの中にはずっと存在することになる。そんなふうに逃げたいような気もするけれど
やっぱり、見届けたいと思う。3月24日に。


8.2123年。ポケモンが百年続くコンテンツでありますように

「そんなのポケモンじゃない」
なんていうのを、ポケモンはずーっと言われてきたと思う。

152匹目のポケモンが出たときに、
わくわくと、拒絶があったと思う。

カスミが降板して、ヒロインがハルカになったとき、わたしだってすぐに受け入れられなかった。
タケシがいなくなって、デントになったときは、もっとダメだと思った。

アローラ地方で「ジムめぐり」や「ひでんわざ」の概念がなくなったとき
Zわざ、メガシンカ、そして最新作の「テラレイド」など
ポケモンはポケモンでありながら、ずっと進化を続けてきた。

そして、ポケモンはついに図鑑番号1000を越えた。

たとえば、
サザエさんの主人公はサザエさんでなければいけないし
名探偵コナンの主人公は、コナンでなければいけない。
工藤新一が主人公になったら「名探偵コナン」の看板はおろしたほうがいいだろう、と思う。

だから、
本当はつらいからこんなこと言いたくはないけれど
ポケットモンスターの主人公は、サトシじゃなくてもいい。

サザエさんとも、コナンとも違う。
ポケモンの主人公は、サトシじゃなくてもピカチュウじゃなくても、きちんと物語は進んでいく。

最近、ポケモンのグッズを持っている子どもを見かけると嬉しい。
子どもに限らず、1997年当時と比べて、娯楽の数はうんと増えた。
純粋に「ゲーム・アニメ」というカテゴリに於いても劇的に本数は増えたし、それ以外のコンテンツそのものだって増えた。

その中で、子どもたちがポケモンを選んでくれるのは、本当に嬉しい。

君たちがポケモンを好きでいてくれたならば、
これからの「ポケットモンスター」の世界は続き、広がってゆくだろう。

ポケモンと成長したわたしたちの、懐古厨と言われても文句が言えないような身勝手なセンチメンタルよりも
どうか純粋に愛されて欲しい。
ポケモンの従来のファンを大切にすることよりも(わたしたちは勝手に好きでいるから)
ポケモンを好きな人、その人口が増える道を選んで欲しい。
だからゲームシステムだってどんどん変わっていっていいし、難しいゲームにしないで欲しい、と思っている。
誰でも、いつでも、ポケモンと出会えるように。

わたしは願っている。
ポケットモンスターが、百年続くコンテンツでありますように。

わたしたちの感傷なんて置き去りでいい。
むしろ、「めざせポケモンマスター」の制作をしてくれたことを、サトシとの旅を振り返る時間をくれてありがとう。

これからの世の中に愛されるには、きっと今までの常識とは別の答えが必要なのだと思う。
アニメ「ポケットモンスター」も、ついにそのときがきた。

サトシのことは、百年経ってもわたしが忘れません。
新しい主人公には、最初少し慣れないかもしれませんが、これから時間をかけて、必ず好きになります。
今までのみんなを、好きになったように。
わたしはこれからもずっと、ポケモンを好きでいます。

だから、ポケモンが百年経っても続くコンテンツであることを
わたしはずっと願っています。


サトシ、ありがとう。
愚直に進む、その明るさを優しさを教えてくれて。
わたしはサトシと一緒におとなになれて、本当に嬉しかった。


2023年3月
ねる



(2023年3月24日)




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