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壊れかけの世界から

「最初から、うまくできると思ってるの?」

その笑い声を、いまでも覚えている。
あの家に住んでいた頃。6年ほど経つだろうか。

その声を言語化するなら、「あざ笑う」が近いような気がするけど、実際のところは大きく異なる。
ずいぶん朗らかな、カラッとした笑い声だった。
他意はなく、ただ事実として響き渡る音。

あの頃のわたしは、からっぽだった。
言葉通りの、カラだった。

タイミングに多少のズレはあったけれど、恋人と音楽活動の主軸を一度に失った。
そしてそれは、人生の主軸だったように思う。
このあと、家も失うことになることが決まっていて、そうすると仕事もこのままのペースじゃいけないことがわかっていた。

「ピアノを弾いて欲しい」と頼まれて、その人の家に向かった。
いま思うと、ずたぼろだったわりには、ほいほい呼び出されたわたしは、まぬけなような気さえする。
「どうせわたしにはむりですよ」と言いたかったところを、なぜか言えなかった。
拠り所を求めたのか、断る口実を探す体力すらなかったのか、覚えていない。

わたしは歩いてその人の家に向かって、言われた通りピアノを弾いた。
実際のところは「言われた通り」にぜんぜん弾けなくて、もはや笑えるレベルだったのだけれど、現代文明は素晴らしい。
ズレまくったわたしのピアノは、自動的に正しい位置へと修正されてゆく。
それも「打ち込みではない、人間らしさ」を残したまま。

「正しい位置にピアノを修正することはできるよ。
 でも、ピアノらしい強弱を打ち込むことは、できない。
 ピアノ弾きにしか表現できない強弱があるんだよ。
 だから、弾いてもらえて助かった」

さんざん「ほんとにこのリズム苦手だね〜」なんて笑われたのだけれど、最後にはそう言われた。
この人は、朗らかに笑う人だった。

順当に「恋人にフラレて生きるのがしんどい」というわたしに、「そんなことで死ぬのはバカだ」と言って、ラーメンをおごってくれた。

幾つも年上で、わたしから見れば「おとな」だったその人に、たくさんの話をした。
そのときに必要な、適切な距離感の相手だったのだと思う。
こうして依頼を受けるくらいの仲ではあるし、相手がどんなことをしているかの大枠は知っているし、共通の知り合いもいる。
でもこの人は、わたしの恋人だった男を、詳しくは知らなかった

これからは、ひとりです。と、告げた。
ひとりで曲も書いてみたい。と、言った。
苦しくもわたしは、音を手放すつもりがなかったんだろう。
手放すとしても、今じゃなかった。
何かを言い訳に、手放すべきではなかった。

「でも、ひとりで曲を書いたことはないんです。うまくできなくて…」

当時のわたしは、「せーの!」で音を合わせるところから曲を形成してゆく、というやり方でしか、曲を作ったことがなかった。
経歴でいうと、3つのバンドを挙げられたのだけれど、不思議と3つともそうだった。

「最初から、うまくできると思ってるの?」

このセリフは、そのときに投げられたものだった。

下手でもいいから、ひとつの曲を作りきりなさい。
作りかけ、ではなくて、ひとつずつ仕上げてゆくこと。
いくつも作っていい。うまくなるから。必ず。

そういう話だった。
「わかりました」と半泣きで頷いて、わたしはまたひとり、家へと歩き出した。
ふたりで借りた部屋に、ひとりで。

あのときの「わかりました」が、どれほど実感を伴っていたか、もう覚えていないけれど、この日のことは今でも覚えている。

「仰る通り」であるということは物理的に理解していたけれど、「やっぱりむりだよ」っていうのが、当時のわたしの本音だったような気がする。

でも、仕方なく歩み出した。
ひとりで暮らす部屋を決めて、仕事を決めて、生きることに決めた。
バンドを始めたけど長くは続けることができなくて、また数年でひとりになった。

いまもなお、「ひとりで完結できる形態」にどこかこだるのは、当然のことだったのかもしれない。
もう、「なにもできないわたし」になりたくなかった。
ひとりになったとき、無力感に殴られるのは、うんざりだった。

「なにもできない、ひとりのわたしから脱する」ということをいちばんの目標にしたら、動き出すしかない。
幸い、すべての肩書を失ったわたしは、自由だった。
孤独とは、自由だった。
わたしがどんなにへたくそな演奏をしても、誰の名誉を傷つけることもない。
嫌いなうたの練習を始めて、うたいながら曲を作って、ひとりでライブをしてみた。
現在「ピアノ日記」と呼んでいる即興を弾き始めたのは、それから数年後の出来事だった。

あれから少しおとなになったわたしは、今でもあの夜をときどき思い出すね。
いまなら言える。心の奥底から頷いて、「そりゃそーですよね!」と。

きっとわたしは、「ひとりで何もできないわたし」を憎んでいたんだと思う。
自分を変えてしまうくらいは、強い気持ちで、許せなかったんだと思う。

いまは、ひとりで書いて、弾いて
いちばんひどかった状況から脱することができて、朗らかな気持ちでいる。
いまの暮らしを、気に入っている。

毎日成長しているかとか、目標があるかとか、次は何を作ろう、とか
やっぱり課題は尽きないけれど。
少なくとも、「毎日成長もしてないし、目標もないし、作りたいものもない…ていうか、何も作れないよ」と、泣いていた頃とは違うのだから、それでいい。

今日も、太陽と月の高さを確認して、季節を射抜いて
完璧じゃなくてもいい、うまくできなくてもいい。
それでも、次の物語を紡ぎ続ける、と決めている。





1年と少し続けたピアノ日記が、今日の注目記事に掲載されました。うれしいです。
「好きなピアノだけを弾こう」と、気ままな旅で、何かを求めていたわけではないけれど、弾くことをやめたくなかった。
あの頃のわたしに、見せてあげたい。
いま、自分を殴ることもほとんどなくなって、けっこう笑って生きているよ。




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