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君に伝えたい百の言葉

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あなたに伝えたい言葉が残っている。見失っても、百個積んだ先に何かがあるかもしれない。光を追う者のエッセイ集
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#考え方

さすれば、りんごの重さも

12月のわたしは、りんごだった。 その、なんの前触れもなく、りんごは現れた。 28〜30個って書いてある箱がふたつ。 主食を、りんごケーキ(焼いたりんごをホットケーキミックスでとじるやつ)にして、剥かれたりんごにしても、到底食べ切れる量ではなかった。 ということで、12月のわたしはりんごだった。 友達に会う予定があるたびに、かばんにりんごを詰めて電車に乗った。 重たいのに。散歩をしたいのに。 左肩にいつものトートバッグ、右肩のエコバッグにりんごを詰めて。 相手に迷惑で

今度はわたしが、肯定する。

コーヒーを飲んでいる。 うちで淹れている、毒とコーヒーのハザマみたいなやつ 氷、水、牛乳のどれかで割る前提だから、もはや原液。 わたしは日々、コーヒーの原液を生み出している。 2年ほど前、 流行病が本当に流行り始めたころに感染して、味覚を失った。 あれ以降、味覚の正体の半分は、食感と視覚で補完されていることを体感し、少しだけ繊細な生き物になれたような気がしている。 いや、味覚と共に雑さも戻ってきたか。 16時間ダイエット成功の秘訣は、味覚と嗅覚がバグっていたからかもしれない

服さえ着ていれば

「恋愛がね、できないんじゃないかと思って」 スターバックスの、オレンジ色のひかりの中でつぶやかれた。 一日かけて、何時間も語り合ったあとで、我々はようやくこの話題にたどり着いた。 意図的に、触れないようにしていた話題だった。 なぜだか、言うべきではない、と 不確かなのに強固な警笛が響き続けていた。 言いたいようなことがあったら、言ってくるだろう。 そう思って、何年経っただろうか。 「え、いいじゃん。べつに」 なにも考えずに出てきた、それはもうとびきりの大安売りみたいな

おとなの毛布

眠れない夜に、寝返りを打つ。 ローバッテリーのときに、眠ろうとするとこうなる。 体も頭も限界まで酷使して、もう空っぽで でも、鞭を打ったからだは熱を持っていて もう使い物にはならないのに、眠りたいはずなのに、 眠りとは遠いところにいる。 何度めかの寝返りのあと、タオルケットをつかんだ。 フランネルの、お気に入りの。 * 2020年の夏に、ニトリで買った。 あのときは無職で貧乏で、先立つものも何もなかったのに、 時間を持て余したすえにやろうとしたことは、家中を整えるこ

Don’t say don’t

コーヒーを飲んで、手帳を開く。 そうすれば、どんなわたしも救われる。 眠くても やる気がなくても もうだめだ、と落ち込んでいても もやもやから抜け出せない、と唇を噛んでいても 最近自分がしたことを書き出せば、 「よく頑張ったなあ」または 「よく休んだなあ」と思う。 不思議とこれは、必ずどちらかになる。 そして、思っていることを書き出す。 そうしているうちに、息を吹き返す。 いつもの、わたし。 * もやの中に突っ込んでいって それを晴らすことを繰り返すように生きてきた

小さくて近いところ

朝、もにゃもにゃとパソコンの前に座る。 出勤前に、書いて、弾いて、を終わらせたい。 別に、朝が得意というわけではなくて 夜が眠かっただけで わたしはここに座っている。 * ものを書く能力の半分くらいは、適切なBGMを選ぶ能力である。 というのを、わたしは何度も噛み締めている。 書きたいことがあるから書いている、ということは稀で だいたいはどこかから、引っ張り出す。 ようやく書くことが決まっても、うまく集中できないことも多い。 没入の手助け、が音だと思っている。 *

死なないでくれよ、ちびっこギャング

わたしは、病院のベンチに座っていた。 くすんだクリーム色で、廊下にはどこか懐かしい雰囲気の明かりが灯っていた。 長い廊下は、学校を思い出させる。 わたしは学校以外で、こんなに長い廊下を知らないだけかもしれない。 デパートみたいに入り組んだりしていなくて、人はみなベンチに座ったり、壁際に立ったり そしてデパートみたいな、ふわっと浮足立つような明るさとは、やっぱり異なっていた。 電気はみんな、同じ電気なのに。 * このあとの治療は、痛みを伴うものだと理解していた。 最初の

くたびれた電池

画面の、右上に視線を動かす。 思い出、タイムマシン 繋がっている外付けハードディスクのアイコンの上に、小さな通知。 流し読みして、「閉じる」を押す。 通知の内容は2種類で、 ひとつは、Dropboxの容量がいっぱいになっていること。 (友達と共有しているフォルダなので整理が面倒。Googleドライブに乗り換えて、今では使っていない) そしてもうひとつは、「電池が切れるのですぐに変えてください」 わたしはいつも、すべてを無視する。 まあいいや。いまは動いているし。問題ない

だから明日は

ある朝のメモに、こんな文章が残っていた。 時間は朝9時を少し過ぎたところで、会社に向かう電車に乗っているときに書いた。 いまでも覚えてる。 過ぎゆく見慣れた景色の、そのずっと奥を、ぐっと見つめていた。 前の日とかに、コナンのふるさと館について、友達と話していた。 いま調べてみたら、正式名称は「青山剛昌ふるさと館」で、場所は鳥取。 この場所についてはわたしも存在を知っていて、いつか行ってみたい。と思っていた。 工藤新一の家があったり、喫茶ポアロがあったり、コナンたちが暮らし

似てないよ。兄ちゃんにだって、似ていない。

兄、というひとがいる。 同じ父親と母親から生まれた。らしい。 そういえば、事実かどうか確かめたことはない。 兄とわたしの血を比べれば、「同じ両親ですね」とわかったりするものだろうか。 * わたしたち兄妹は、あまり似ていないと思う。 顔の系統は、ふたりとも母似。だとは思う。 時折、写真に映る自分の顔が兄に似ていて、「うへえっ」と思うことがある。 同じものを食べて、同じ空間を共有した。というような濃さ、のようなものを感じることもない。 ただ、兄がロックマンをやっているのを

たとえ、どこへもたどり着かなくても。

手帳を開いたら、「調べごと」とメモがあった。 ああ、あのことか。と頷く。 大切なことなのに、すっかり忘れていたことに驚く。 大切なことって、たくさんあるうえに、移り変わってゆくのかもしれない。 でもそれは、記憶から遠ざかった何かが、大切でなくなる。というわけではないので難しい。 そういったものを零さないような工夫が必要だ、と気づいたので 様々なところにメモをとる。 手帳はそのひとつで、他にもLINEのリマインダーとか、メモアプリとか、Googleカレンダーとかたくさん。

足裏の北極星

そのときが訪れた。 昨日までは疑いながら、図っていたのだけれど 今日だ、と確信する。 * シャンプーとか洗剤の、詰め替えのタイミングって難しいと思う。 わたしはいつも、「まだいける」と粘ってしまうのだけれど 「次の液体を出すのが大変な状態」で使い続けるのはストレスなので、そうなる手前で詰め替えるようにしている。 コンディショナーは、今日まさにそのタイミングだった。 シャワーを浴びながら、そのままボトルを洗う。 少し悔しいけど、頑張れば使えただろうコンディショナーの塊が

100グラムを怠らず

年末に、カバンを買った。 仕事用のトートバッグ。 今までのは肩紐が切れそうで(雑誌のおまけだった)、そこからなにか、大切なものをこぼしてしまいそうな気がして えいっ、と新調することにした。 軽くて、防水で、いっぱい入る。 うすいピンクの 重ねた吟味のお気に入りだった。 そのあとすぐに休職するとは思っていなくて、新品同様のまま、クローゼットに押し込まれていた。 仕事に戻れる身体になったことは嬉しく、 でも、この怠惰な暮らしを手放すのは寂しかったけれど、このカバンを使えるこ

月明かりに照らされて

「あなたの文章は、本当に良い」 ときどき、そんなふうに言っていただけることがある。それも、真顔で。 本当に、そう思ってくれているンだろうなあ。 ありがたい、と思うのに、そういうときだけ意識がひゅうっと抜ける。 いや、まさか、わたしが、 気づいたら、「いやいや、そんなことは…」と言いながら、自分のダメな部分をバーゲンセールのように語り出してしまう。 褒められるのは、昔からあんまり得意じゃない。 洋服とか、ハンカチとか、ネイルだったら「ね? かわいいっしょ?」なんて言えるのに

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