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クッキーはいかが?

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1200文字以下のエッセイ集。クッキーをつまむような気軽さで、かじっているうちに終わってしまう、短めの物語たち
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2020年7月の記事一覧

キャンディポット

「アメ、好きなんだよね」 このあいだ買ったキャンディポットのアメを詰め替えながら、わたしは言った。 小さいサイズの瓶に入ったアメは、もう食べてしまった。 「うん、そうだよね」と なにを今更言っているの、という顔で同居人は頷いた。 この家であんまりアメを食べたことはなかったような気がする、と思ったけど わたしは、確かにアメが好きだった。 母親は、ピアノの先生をしていた。 家の離れ、小屋みたいな場所に、グランドピアノとエレクトーンを置いていた。 テーブルの上には、いつも

ビスケットにバター

「ビスケットがあるんじゃない?」 食後に、どうして甘いものが食べたくなってしまうんだろう。 晩ごはんが遅い時間帯になっても、それは変わらない。 いまから買い物に行くのも違うし、 冷凍庫のアイスも違う。 それじゃあいいや、と諦めたところだった。 そういえば、冷凍庫にセブンイレブンのビスケットを買っておいたんだ。 この、ビスケットの定義のことはよく知らない。 サブレとかクッキーのたぐいの、それとは違う。 スコーンでもパンでもない。 この食べ物を”ビスケット”と呼んでい

わたしたちの夏

ドォンーーー 夜8時、空が鳴った。 「花火かもしれない」と、同居人は言った。 7月24日(昨日)、オリンピックの開会式が予定されていたこの日 日本の何処かで花火が上がる、と言った。 そんなに毎日、花火なんかあがらないんじゃないかな そんな風に思ったけど、「外に出てみようか」と言われたので、「うん」と答えた。 * 家を出ると、上の階の人も顔をのぞかせていた。 「なんにも見えないよ」と声が聞こえてくる。 やっぱり花火だったのかもしれない わたしたちは、顔を見合わせて

旅の無事を祈る(紅の豚によせて)

ブオォンーーー 音が聞こえて、窓の外を見る。 エンジンの音だ。 普段だったらあまり気にしないような音だけど、 その日わたしは、荷物の到着を待っていた。 宅配の車だといい、そんな願いを込めながら窓の外を見たら めずらしく、向かいの家のオバサンが窓を開けていた。 不安そうな顔をしている。 あ、そうか 姿は見えないけど、このエンジンの音は、向かいの家のバイクの音だ。 バイクにはまったく詳しくないので、それがどんな類のバイクなのかは知らない。 でも、向かいの家のお兄さんが、

新しい靴で、冒険する

新しい靴を履いて出掛けようかな、と思う。 このあいだ無印で買った、”防水シートを使っている”という 雨の日にも負けない靴。 弟と呼んでいる人と出掛けたときに、 「靴は見なくていいですか?」と訊かれた。 「なんか、いつも靴見てるイメージだから」と言われた。 靴は、好きだと思う。 そもそも、歩き方があんまりきれいじゃないので、ソールがすぐに磨り減ってしまう。 たまにしか履かないパンプスみたいなもの以外の、 普段用のスニーカーは、いくつか持ったうえで、定期的に買い替えている

目に見えるもの

目に見えるものだけが、すべてじゃない。 そんなことは、わかっている。 でも、目に見えるものとか、数字とか それらが、自分にとって良い影響を与えてくれたり、前向きな解釈につながるのならば、 その瞬間、”目に見えるもの”は、とてつもなく強力な、自分の味方になる。 * 温度計・湿度計と暮らし始めて、1ヶ月ほど経った。 ※買ったときの記事 除湿機は、何年か前から同居をしている。 これがわたしにとって”はじめての除湿機”なので、他のモノの仕様はわからないのだけれど うちの

ちいさなかばん

先日、母親が推しポケモン(モクロー)のポーチを送ってくれた。 ※そのときの記事 サイズ的には、携帯と財布と口紅を入れて終わり! の、こんな感じ モクロー!!! かわいい〜〜〜!!! * 今日は、住民税の手続きに行く。 手続き、ということは書類を持っていかなくてはならない。 でも、どうしてもモクローとおでかけしたい。 わたしは、モクローを諦めたくない。 悩んだ結果、もうひとつカバンを持つことにした。 ちょうどA4サイズがおさまる、小ぶりのトートバック。 マチはない

速度に追いつけない

「あ、もう人が住んでる……」 ご近所さんの建て替えの工事がはじまったのは、少し前の出来事だったと思う。 いつだって、物事は"少しだけ前"のような気がする。 家への帰り道なので、工事の様子はずっと見ていた。 最近は完成に近づいていて、 「表と裏で色が違うのね、この家!」とか、 「これは何世帯入るマンションなのかなあ」なんて のんきに話していた。 数日前、新しいマンションに灯りがついていた。 もう、人が住み始めたのだ。 このあいだまで、工事をしていたのに。 ここの工事をして

もう、寂しくはない

グラスが、割れてしまった。 お気に入りの、キングダムハーツのやつ 友達が、一番くじでダブらせてしまったものを買い取った。 彼女は、一等を狙って課金をしていたので、「これはわたしが買い取るから、もう1回挑戦したら?」と言って。 グラスを割ったのは同居人で、 わたしが、不安定な位置に置いていたのがいけなかった。 同居人は、何度もごめんと言って、掃除をしてくれた。 ガシャン、と音がしてグラスが割れたとき、わたしは一瞬息を呑んだ。 位置的に大丈夫だと思ったけれど、5秒くらいの間

筆跡

友達から、手紙が届いた。 彼女から手紙をもらうのは、初めてだった。 Twitterで「手紙を書きたい」と言っていたので、LINEで住所を送りつけてみたら、本当に届いた。 彼女からの手紙は初めてだったのに、 その筆跡を、なぜか懐かしいと思った。 なぜだろう 同じ会社の、他部署で働いていた人だ。 一緒にお茶をしたり、仲は良かったけれど、メモのやり取りはしたことがなかったような気がする。 それでもなぜか、懐かしいと思った。 きれいで、だけどちょっと幼さが残るよう見えたのは

へたくそでいいんだよ

「じゃあ、好きな味噌汁を選んで」 ばんごはんを作ってくれていた同居人に、 「なにかすることはない?」と尋ねたら、そんな風に返ってきた。 わたしは、言われるまま戸棚をあけて、味噌汁を選ぶ。 今日は、美味しい味噌汁を飲んじゃおう。 インスタント味噌汁は、どれも美味しいけれど フリーズドライのお味噌汁の美味しさには、毎度感動してしまう。 豚汁と書かれたパッケージを選び、 ビッと袋を破った。 切り口通り、縦に破ってそれでおしまい。 おしまいのはずだったのに。 なんで、そんな

魂の在処

木を見ると、少しほっとする。 もちろん「森林」「街路樹」的な木もそうなんだけど、 木材も、ほっとする。 あと、建築現場とか ついつい、見入ってしまう。 父親が大工だった。 祖父も。 家を建てていた。 祖父は、10年以上前に亡くなっている。 近所のお寺でお葬式をしたときに、「ここは、じいじが増築したんだよ」と聞いて なんだか、感銘を受けたのを覚えている。 「感銘を受ける」という言葉が正しいかわからないけど、 なんだか衝撃だった。 ハタチのわたしも、いまのわたしも 「何

今日は、プリンも食べる

「じゃあ、ケーキ買って」と言ってみた。 同居人が捨ててしまった資料を、わたしは大切に取ってあった。 資料は、わたしのパソコンの奥深くで眠っていた。 資料を残していたわたしはえらい! 賞賛に値する! だから、ケーキを買って、と言った。 散歩ついでに、近所のケーキ屋さんに連れて行ってもらった。 特別なときにだけ行く、魔法のケーキ屋さんだ。 だいたい、ケーキっていうのは魔法の存在なのだ。 どんなときだって、にんまりしてしまう。 ケーキ屋さんのケーキというのは、特別な魔法だ。