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おかえりJリーグ。旅立った遊び人に愛をこめて。


2020年7月4日。長い中断期間を経て、J1が再開幕した。

一足先に先週から行われたJ2とJ3に続いて、これで全てのJリーグクラブが試合を再開した。多くのサッカーファンが待ちわびていた日だ。


ガッ。

バチッ。

ナイス!

マイボ!


スタジアムに観客はいない。選手の声、身体のぶつかり合い、芝を削るスパイク。今まで聞こえなかった音が聞こえてくる。興行ではなく競技の、サッカーそのものの音だ。

サポーターの声の録音を流す試合もあった。正直、少し違和感を感じた。どんなプレーにも同じトーンで流れるその声は、どこまでいっても録音であり、瞬間に生まれる感情は込められていないのだ。

だが、そんなことはどうでもいい。それよりも、僕たちファンは感謝しないといけない。Jリーグが再開できたのは、医療従事者をはじめとしたウイルスと闘いそれぞれの家族を守る全ての関係者と、準備を続けてきたサッカー界、みんなのおかげだ。

観客がいようがいまいが、ゴールに向かっていくドリブルを見れば拳に力が入る。惜しいシュートには手を合わせる。ビッグセーブには背中を反らせる。得点は笑顔を生む。

久しぶりに試合を観て思った。やっぱりスポーツには、僕たちの心と身体を突き動かす力がある。一歩前に進む勇気と元気を与えてくれる。暗いニュースで色味がなかった世界を輝かせてくれる。

パソコン越しの再開でも十分嬉しかったが、はやくスタジアムに行きたい。3ヵ月先か、1年先か、3年先になるかはわからないが、末永く待ちたいと思う。その日、たぶん僕は泣いちゃうだろう。


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2020年7月3日。J1が再開する前日。

Twitterには各クラブの試合告知や、待ちきれないファンのつぶやきが沸騰していた。それを見て、僕も楽しみで仕方なかった。

ビックリマークや笑顔の絵文字で埋まるタイムラインに、画像だけの、それも文字だけの画像のツイートが流れてきた。



「~が、6/27(土)急性の心筋梗塞で逝去しました」



画面をスクロールする指が止まる。信じられない。つい数日前に鰹を焼くツイートをしていた。しょうもない下ネタを連発するあの人が。信じられない。

その人とは、一度しか会ったことがない。でも、僕が好きなクラブを、さらに好きにさせてくれた人だ。


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2019年7月20日。僕はJクラブと同じエンブレムを掲げるフットサルクラブの試合を観に行った。

「試合観戦前のおすすめのご飯屋さん」をTwitterで募集したときに、その人は反応してくれた。サポーターのソウルフードを食べさせてくれると、約束してくれた。

車で駅まで迎えに来てくれた。クラブと同じ色の、緑色の車で。

初対面は正直怖かった。少しイカつめの外見に、車内で流れる音楽はハードなロック。「昔やんちゃしてたんだろうな」と、出会った瞬間に感じた。

でも、話し始めたら人柄の良さが伝わってきた。考えてみれば、人柄が良くなければ見ず知らずの僕に声をかけたりしないだろう。車の運転は荒っぽかったけど。そして、サポーター御用達のラーメン屋さんに連れて行ってもらった。

席が空くのを待っている間、クラブの色々な話を聞かせてもらった。歴史、選手、サポーター、街。聞けば聞くほど、僕はクラブが好きになっていった。

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席について、早速ラーメンを食べた。少し酸味のある、クセになる味のラーメン。

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お世辞とかではなくて、美味しいと感じたから「美味しいっすね!」と感想を伝えると、「おれはあんまり好きじゃないけどね」との返事が。そんなことあるかい。なんで連れてきたん。新しいタイプのお笑いか。

そんな発言はさておき、ズルズルと麺をすすり、あっという間に平らげていた。あの言葉は冗談で、本当は好きだったのかもしれない。今では確かめようがないのだが。


審議不明のラーメンをご馳走になって、試合会場近くの駐車場に車を走らせた。そのときの車内で言っていたことが、とても印象に残っている。


「遊び場を作りたいんだよね」


その人が言うには、サッカーだけはなくて、ダーツでも酒でもなんでもいいけど、みんなが楽しめる場所をつくりたいんだと。いまクラブに興味がない人も、その遊び場所で楽しんでもらって、ついでにクラブを好きになってもらいたいんだと。

その人は、いい意味で「遊び人」である。自分が遊ぶことで、遊び場を作ることで、周りをハッピーにする。そんな力のある人だと感じた。

その後の話は、ほとんど覚えていない。ハードなロックも聴き心地がよくなってきたからだ。


試合会場について、僕たちは別れた。その人はクラブのサポーターが集う酒場のオーナーなのだが、「次はお店に行きます!」と、伝えた。その人は試合中、一際目立つ大きな旗を振っていた。この日が、その人と話した最初で最後の日だった。

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画面をスクロールする指が止まり、その人との会話を思い出して数分後、ようやく我に返った。人って案外簡単に死んでしまうんだな。今シーズンの開幕戦で街を訪れたときに、お店に行けばよかった。酒場の店主なのに、乾杯もできなかった。

ふと思い出した。僕はその人からクラブのステッカーを貰っていた。それは、当時使っていたパソコンに貼っていた。押し入れを漁って引っ張り出した。パソコンを買い換えた2か月前は本体ごと処分しようと思っていた。捨てないで本当によかった。

かなりガッチリ接着されていて、綺麗に剥がすことはできなかったが、幸い表面は無事だった。スーパーで両面テープを買ってきた。ステッカーの4辺からはみ出ないように、慎重にテープを貼った。


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シワができてしまったが、なんとか貼れた。逆に味が出ていていいじゃないかと、思い込むことにしたい。

僕がパソコンを開くたびに、向かいの人はステッカーを目にする。もしかしたら「私もファンなんです!」と、声をかけてくれるかもしれない。これをきっかけに仲良くなって、一緒にスタジアムに行く日が来るかもしれない。


いや、ないな。まぁ、一生に一回くらいはあるかもしれない。そんな日には、「あのステッカーはね、昔やんちゃな遊び人がいてね…。」と、話したいと思う。


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2020年7月4日。J1が再開幕した。あの人が愛したクラブも、再出発した。

クラブのエンブレムに書かれている言葉が、やけに胸に響いた。

なぜなら、あの人をそのまま体現したような言葉だから。

まるであの人が僕たちに、語り掛けているように。



たのしめてるか。



おかえりJリーグ。旅立った遊び人に愛をこめて。



R.I.P よしさん


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