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『麒麟の翼』スポットを訪問して強く感じたこと

あなたは『麒麟の翼』という作品をご存じですか?
『麒麟の翼』は東野圭吾が生み出した「加賀恭一郎シリーズ」の9番目の作品です。
多数の東野圭吾作品の中でも、取り分けファンからの評価が高い一冊です。

東野圭吾著『麒麟の翼』講談社

単行本が発行されたのは2011年3月3日のことでした。
あの震災の数日前のことだったのですね。

そしてこの作品は映画化もされていて、公開されたのは2012年1月28日です。
この記事を執筆しているのは2024年ですから、今からもう12年~13年前のことになります。

小説、そして映画として世に出てから長い月日が経過している今でも、根強い人気を維持している『麒麟の翼』

その重要なスポットを先日訪れてきましたので、今回はその話を綴ってみたいと思います。

『麒麟の翼』の重要スポット

小説や映画には重要スポットが数多く登場します。
しかし、他の作品とも重複するスポットも存在しているため、『麒麟の翼』にのみ登場し、且つ今回伝えたいテーマに沿ったスポットのみを紹介します。

①麒麟像

『麒麟の翼』というタイトルの元になった「麒麟像」、日本橋にどっしりと腰を降ろしています。
この像が制作されたのは、今から100年以上前の1911年に、日本橋を木造から石造りにして架け替えた際のものだそうです。

さて、日本橋の「麒麟像」には、本来ないはずの翼が付いています。
作中でも触れられていますが、日本の五街道の起点となる日本橋、ここから飛び立つという意味を込め、翼を付けたのだそうです。

余談ですが、高速道路で見かける「東京まで〇km」の”東京”とは、この日本橋です。


②犯行現場となった地下道

次は中井貴一が演じた男が刺された、犯行現場となった地下道です。
訪問したのは昼間だったのでそこまでの恐怖は感じませんでしたが、夜間に一人で通行するのは、男でもちょっと勇気がいりそうな場所です。

地下道は非常に重々しい雰囲気の漂う場所でした。
訪問したのは気温の高い日でしたが、この場所だけ空気がひんやりしていたような、そんな感覚を覚えました。

マップではスポット登録されていない場所なので、初めてでも訪問できるように位置情報を貼っておきます。

いつまでもそこにあるとは限らない

①日本橋上空の首都高撤去は2040年(計画)

さて、今回紹介したスポットは、いつまでもそこにあるとは限りません。
なぜなら、現在「麒麟像」の背後(上空)には首都高が見えています。

再開発の進む日本橋周辺

ですがその首都高は地下に移設されて2035年に開通し、上空に見えている首都高の撤去は2040年に行われる計画になっています。

そのため、僕らが現在目にしている「麒麟像」は、遅くとも2041年には姿が変わります。
きっと、「麒麟像」の上に首都高が見えない方が、風情もあって良いのでしょう。
今にも飛び立てそうな青空が「麒麟」の背景に広がっているのは、開放感もあって素晴らしいのだと思います。

ただ、それと引き換えに、背景も含めた現在の姿は見ることができなくなる、ということです。

②地下道は防犯上そのまま残されるのか?

日本橋一帯は再開発工事が進められています。
地下道周辺も同様です。
周辺が再開発される中で、正直なところ、犯行現場となった地下道がそのままの形で残されるかは不透明だと感じました。
地元の方たちには不可欠なものであれば、地下道は残したとしても、防犯や景観上の観点から、何らかの手が加えられたとしても不思議ではありません。

【まとめ】何事も形を変えてしまう前に

東野圭吾の作品『麒麟の翼』のスポット紹介という形を取りましたが、今回の記事で伝えたかったのは1点だけです。

すべてのものは、いつまでもそのままの状態でそこに留まっているとは限らない。
だから、行ってみたい、見てみたいと思ったなら、躊躇せずに行動に移してほしい、ということです。

あまり考えたくないことですが、自分が明日生きているかどうかも不確実な世界ではなおさらです。

来年しよう、落ち着いたらしよう、お金が貯まったらしようでは手遅れになるかもしれません。
何かをしたいと思ったら、すぐにでも行動に移しましょう。

たったそれだけで、たったそれだけを意識するだけで、人生が豊かになっていくと僕は信じています。

今回もお付き合いいただきありがとうございました。
それではまた、次の記事でお会いしましょう。

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