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明日にはきっと、忘れているような会話がしたい。



たくさん歩いた、そんな日曜日だった。


久しぶり~な友達と午後から会って、近所の川沿いをただただ歩いた。お互い飲み物だけ持って、マスクをして、横に並んで、たくさん沢山おしゃべりしながら、ただただ歩いた。


いちおう傘も持っていたけど、出番はなかった。風が強い日だったから、折り畳みじゃない大きい傘を持っていった。ずっと手元にぶら下げていて、せっかく持って行ったのに、という気持ちもありつつ。まあ雨が降らなかったのはよかったけどね。




わたしたちはお互い、話すのが得意なタイプではない。でも、おしゃべりするのは大好きだ。得意と好きはイコールな時と、そうじゃない時があると思う。その2つがイコールなら、もちろん最高に楽しいと思う。だけど、得意じゃないものも楽しめる環境って、それもまた最高だなと思う。


話すのが得意じゃないんだよねー。わかる、すぐ言葉が出てこないんだよね。そう!感情が湧き出るのも多分遅いし、思ったことを言葉に変換するのも遅いの。超わかる、たぶん頭の回転が遅いんだよね~。


なーんて笑いあえて、ゆっくりのペースで、おしゃべりできる。


沈黙は気まずさじゃない、考えてるの。反応が鈍いのは無関心じゃない、感情が沸きだすのに時間がかかるの。ここを共有できてる人と話すのって、すごく楽だな~と思うし、楽しいなと思う。




今日は大きな川に沿った道を歩いた。その川の両側にはけっこう広い芝生が広がっていて、そこで少年たちが野球やサッカーで汗を流していた。


あぁそうか今日は日曜日だね。そうだねー。たぶん、念願のスポーツなんだろうね、ずっとやりたかったけど、なかなかできなくて、やっと先週くらいから再開したんだろうね。あーそうだねきっと、念願だね。なんかいいね~~。



起承転結も、オチも、ツッコミも、なんもない。こうやって文字にしてみると、ほんとうに何でもない会話だなと、改めて思う。だけど、いや、「だから」とても楽しかった。



話す事の不得意さを自覚していて、それによる生き辛さもそれなりに実感している私たちは、会話を広げる練習もしてみたりした。片方がてきとうに話題を振って、そこから自分の考えを述べたり質問をしたりして、会話を続けていこう、という魂胆だった。


あー、明後日、洗濯しなきゃ。え、結構溜まってるの??う~んそうだね、結構ギリギリ溜めてからやるからさ、それがちょうど明後日かなーって。あーね、じゃあ、どのくらい?週に1回くらい?そんなには溜めないかな笑、2週間に、3回くらいかな。へ~~、洗濯ってめんどくさくない?んー、そうでもないかな、バッと入れて、ピッとするだけだし。いい匂いするし。へーそっかーえらいなぁ~。



はたしてこの練習に意味があるのかは、続けてみないと、そして実践の場がないと分からないけれど。「会話を広げる」ために大事なことは、おそらく相手への関心と、その話題への興味と、自分のことをある程度さらけ出してみる勇気なのかなとか思ったり。どうなんだろう。




そのまま歩き続けて、コンビニでわたしはチョコモナカジャンボを、彼女は唐揚げ棒を買って、歩きながら食べちゃう。ちょっと悪い事してる気分だったけど、買い食いって楽しい。



全部で歩いていたのは、3時間くらいだったろうか。今日はそこまで暑くもなく、風が強かったおかげて、歩いているとほんのちょっとだけ汗ばむような天気。ちょうどよかったな。


電話も、もちろん良いけれど、景色や気温や空気を共有しながら人と話すって、やっぱりいいなと思った。「あの犬かわいいね」が会話になるって、なんか幸せだなと思ったり。



よい日曜日でした。




ありがとうございます。がんばった日の、コンビニスイーツを買おうと思います。