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6月19日の霜降りのラジオを聴いて「生き様」を感じた。これぞ王者の貫禄。


 

 わたしは霜降り明星のお二人が好きである。若い世代の芸人さんの中では一番好きだ。

 よく『第七世代』と呼ばれる芸人のなかでもこのコンビがエースといわれており、たとえばくりぃむしちゅーさんとか、ナイナイさんとか、その世代を代表するコンビというのは一世代に一つはいるが、
 まさに霜降り明星がいまの世代を代表するコンビといえるのではないだろうか。



 そんなコンビのボケの方、せいやさんが、少し前に軽くやらかした。

 まあ正直真面目に説明するのもあほらしい内容なので詳細ははぶくが、簡単いうとハニートラップにひっかかり、いわゆる文春砲にぶちあたってしまったのだ。

 とはいえせいやさんは独身であるし、今回は相手の女性のあきらかなハニートラップ感がみえみえなこともあり、世間はむしろせいやさんへの同情する声の方がほとんどである。

 それでもスキャンダルはスキャンダルである。特にいまはどんな小さなことでも命取りになりかねないご時世なので、内容を知って非常にくだらないと思いつつも、それでもやっぱりファンとして心配になった。




 なにより一番心配だったのが、毎週楽しみにしているラジオである。

 わたしだけではなく多くの人間にとっての楽しみである霜降り明星さんのラジオが、こんな下らないことで、お通夜のようになったら嫌だなあ……せいやさんがいつもの感じを出せないだけでもすごく嫌だなあ……と思いながらラジオの再生ボタンを押したわたしは、面食らった。


 まず耳にとびこんできたのは、聞き覚えのある軽快な音楽。そして目にはいってきたのは、にこにこと笑顔でたのしそうにラジオのとあるコーナー名を口にするせいやさんの姿だった。

 そのコーナーとは、『ポケひみ』。

 そしておどろいたことに、その日の二時間のラジオを通して、そのコーナーを最初から最後までやりとおしたのだ。


 普段からラジオを聴いている方ならわかると思うが、ラジオのワンコーナーを二時間ぶっとおしでやるなんて、ふつうは絶対にありえない。
 それも普通のよくあるコーナーならまだわかるのだが、この『ポケひみ』というコーナーはまったくふつうのものではないのだ。



 はっきりいって、『ポケひみ』は霜降りのラジオのなかでも、一番意味がわからないコーナーなのである。
 これも霜降りのラジオを初回から聴いている人間からばよく知っていると思うのだが、『ポケひみ』というコーナーはとにかくせいやさんがリズムにのって楽しげに最初から最後までよくわからないことをいい続けるという、とにかくよくわからないものなのである。
 粗品さんもこのコーナーにたいしてはいつも「意味わからん」というリアクションをとっており、何度もこのコーナーはいらない、なくそう、などと粗品さんからの文句をいわれながらも、なくなりそうでなくならない、ということを長く続けてきたコーナーなのである。

 かなり正直にいわせてもらうと、わたしはずっとこの『ポケひみ』というコーナーが好きではなかった。嫌いとかいうよりも、とにかく意味がわからなかった。なのでいつもこのコーナーがはじまると聞き流していたし、このコーナーをなくしてもっと面白いコーナーをしてくれればいいのにな、とすら思っていた。




 だけどその『ポケひみ』を二時間ぶっとおしでやった6月19日の回を、わたしは3~4回にわかってくりかえし聴いた。
 わたしはラジオは基本的に一回しか聴かないので、霜降りさんのラジオをこんなにくりかえし聴いたのははじめてのことだった。

 なんというか、ものすごく感動したのだ。

 内容はあいかわらず意味がわからなくて、ほとんど聞き流しながらだったが、その数日間は、ずっとその回のラジオを流しながら作業をしていた。
 せいやさんのたのしげな『ポケひみ』を聞いているだけで元気になった。言葉にではできない、ものすごい励みを感じたのだ。




 わたしは霜降り明星さんのラジオを初回からかかさず聴いている。いくつかラジオは聴いているが、初回から聴いているのは霜降りさんのラジオだけである。だからこそ、今回のラジオがどういう意味があったのか、どういうメッセージがあったのか、霜降りのお二人の意図がどういうものだったのか、なんの説明がなくてもよくわかった。

 騒動があったからと、今回のラジオだけ聴いた人間には絶対にわからない。今回のラジオにこめた二人の熱い気持ちは絶対にわからない。

 それはいままで二人のラジオを聴きつづけてきた人間にだけ、わかればいいのである。


 


 いまもあの日のラジオのことを思うと胸が熱くなる。思うことはいっぱいあるが、うまく言葉にできない。


 ただ強く思ったのは、「これが王者になる人間の貫禄なんだ」ということだ。

 上に立てる人間というのは、こういうものなのだ。いくら下にいる人間が嫉妬して、やっかんで、どうにか引きずり下ろせないかと下に引っ張ろうとしても無理なのだ。

 なぜなら彼らは「王者」だから。


 今回の騒動は非常に下らないものだったが、それでもすべてをプラスに変えていって、これからも上へ上へと突き進んでいってほしいと思う。今回のことでますますファンになったので、これからも応援していきたい。
















 

 






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だれかの《教養》の一部になれるような記事を書くことを目指しています。50歳までに池上彰さんみたいになることが夢。
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