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夕暮れのラジオ「AVANTI」が恋しい

今から9年ほど前の日記をたまたまみつけたら、ポケットラジオを買ったと書いてあった。球場のオヤジが観戦しながら片耳で聞くやつ。で、買った理由は土曜夕方5時からTOKYO FMで「Suntory Saturday Waiting Bar」(1992-2013年)を聴くためだとある。外出の予定がある休日、いつも不安なのは放送開始までに帰ってこれないかも知れないことだった。球場のオヤジになってまでして聴きたかったのである。

「Suntory Saturday Waiting Bar」は、サントリー1社提供によるメタドラマ型のトーク番組。おそらくリスナーは皆、劇中の店名「AVANTI」として長年認識していただろう。麻布十番の何処かにあるイタリアンレストランへ訪れる様々な客人(ゲスト)の業界話を、席から少し離れたバーカウンターで盗み聞きするという設定で構成されていた。

たしかキャッチコピーは「東京一の日常会話」。店内の臨場感を表すSEの中、極めて聞き上手な常連客に気を許した芸能人・文化人・編集者・研究者らが心底楽しげに話す。その雰囲気が伝染して、話題に共感するしないに関わらずリスナーも楽しくなる。酒を1滴も飲まないぼくでさえ楽しい。ラジオ覚えたての頃は親族がはしゃぐ酒席を背中越しに眺めている子供のような感覚で聴き、やがて夕だまりの浴室で照明をつけずにコレを聴くのを休日の贅沢に数えるようになった。

会話の合間にはBarでかかりそうな洋楽(ジャズやラテン)と「AVANTI」を舞台としたショートドラマが挟まる。メインナレーションの団しん也が演じる“教授”を筆頭に、常連客・従業員のキャラクターが数多く登場。一人ひとりクセのある性格なうえ、その放送回に登場していないキャラクター(番組から実質卒業したキャスト)の話題もしばしば出てくるため、浅いリスナーには何のことやらという部分だったと思われる。

初代バーテンダーを演じたポップス界御用達のサックス奏者ジェイク・コンセプションに限っては(共演歴のある)いしだあゆみがゲストのときに多少の“種明かし”があったが。二代目バーテンダーを演じたのが、某映画雑誌編集長を歴任したグレゴリー・スターであるとか。劇中最もクセのある常連客“取手豪州”を演じたのが、TBSラジオの顔となった宮川賢であるとか。聞き上手な常連客を演じたのが、ホイチョイプロダクション社長の馬場康夫であるとか。「AVANTI」の裏側にまつわることは(インターネットで調べない限り)ほとんど漏れ伝わることがなかった。

00年代後半からは日曜夕方5時からのメタドラマ「あ、安倍礼司~BEYOND THE AVERAGE」(2006年-)が同局で双璧をなすようになったが。ソチラがリスナー参加企画やメディアミックスに積極的であっても、「AVANTI」は麻布十番祭に出店する以外表立ったことはしなかった(上の画像はぼくが現地で撮影したもの)。何につけ知ろうとしなくても透けてみえてしまう今の媒体にはない秘密主義。都内の隠れ家を仮想し続けたカレらの姿勢を、放送業界および芸能界は見習ったほうがよい気がする。

幾つもの傑作回が記憶にある。1つ挙げるなら、00年代放送のコミックソング特集。クレージーキャッツを語るゲストとして青島幸男が出演した部分のエアチェック音源は、その後パソコンに保存し時々デジタルウォークマンで聴き返している。

クレージーキャッツ関連楽曲の多くを作編曲したジャズマン萩原哲晶は、コンビを組んだ青島とは違い、実に真面目な性格だった。プロダクションから依頼があると、A案・B案・C案といった具合に複数のパターンを速やかに提示。それらを聴いた青島たちが面白がって「じゃあさ、A案のあたまとB案のしりをくっつけてみてよ」などとムリを云っても、サラリとやってのけたという。

結果出来上がったのが、いかにも何かと何かがくっついたような「ハイそれまでヨ」「ドント節」等のヒット曲であるわけだが。出演時間の終盤、このいきさつについて常連客(馬場社長)が「萩原さんは不満に思っていなかったんですか?」という旨を青島にたずねた。すると青島はカラッとした東京弁で一言「売れりゃいいと思ってたんだよ」。2人がドッと笑った瞬間に「スーダラ節」のあのイントロがラジカセから鳴り響いた。ぼくは翌日にクレージーのベスト盤を探しに行った気がする。

働くオトナの矜持といったものを考えることがあると、ふとあの番組を、とりわけあの放送回を思い出す。ほんと最高だったなぁ。いまだにぼくは下戸なのだけれど、歳とってきた今ならばもっと楽しめると思う。「AVANTI」が恋しい。あの夕暮れが恋しい。そしてラジオって素晴らしい。
  

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