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ソウルで日本語教師をしていた時の話 ②

(写真)韓国人にとって、漢江(ハンガン)沿いのオフィステルやヴィラに住むのは成功の証  

①はこちら

 勤めていた語学学校の長い休み時間を利用して、週に3回、同じ雑居ビルにあった韓国語学校に行き始めた。ご存知の方も多いと思うが、韓国語は文法が日本語とほとんど同じで単語も似ているものが多い。日本語を話す人なら、現地に住んで韓国語を習っていれば半年ほどで誰でも日常会話ができるようになるし、看板やメニューなども読めるようになる。私も習い始めて数ヶ月で日常会話ができるくらいになったので、韓国語学校をやめた。そのため、早朝(5時45分〜7時45分)の授業と午後の授業(13時45分〜20時45分)の間の5時間に及ぶ「休み時間」にすることがなくなってしまった。

 2000年代半ばの韓国では、日本に普通にある娯楽(例: 韓国料理以外のレストラン、ショッピングモール、趣味の集まりなど)がとても少なかったので、仕事をしていなければ本当に暇を持て余してしまうという環境だった。現在韓国在住の日本人の話を聞いても、この娯楽の少なさはあまり変わっていないように思える。在外韓国人の人々も自国の暇さを自覚しているようで、アメリカ在住の韓国人に「4年間、韓国に住んでいたことがある」と言うと「4年も?暇だったでしょ?やることないよね」と言われたりする。

 一方、美容・健康を維持するジム、サウナ、マッサージなどの施設はものすごく沢山ある。私は、それまで行っていた韓国語学校の代わりにジムに通うことにし、たまにサウナとマッサージへ行くというわりと建設的な方法で長い休み時間を潰した。インターネットも今のように何でもできる環境ではなかったし、それ以外だと単に家にいるしかなかったからということもあった。

 ジムに行くのは初めてで何も分からなかったため、インストラクターを頼んだところ、軍隊上がりの中年男性(角刈り)が登場。こっちは趣味で来てるだけなのにあまり空気を読まない人なのか、マシンの使い方や姿勢などを軍隊式に大変厳しく指導された。しかし、その角刈りのおかげで体を鍛える面白さに目覚めることができ、ジム通いは現在まで続いている。サウナとマッサージのよさにも目覚め、人生における楽しみを増やすことができた。

 話は変わるが、日本人が韓国に住まう上で忘れてはならないのが「反日」である。今も竹島、従軍慰安婦像、旭日旗・・・などなど♾、いろんなことで「日韓関係が悪化している」と言われているが、悪化も何も、今までに日韓関係がよかったことなんて文化を伝える渡来人が多かった飛鳥時代ぐらいのものではないだろうか。今もそうなのだろうけれど、当時も在韓日本人は大変肩身を狭くして暮さねばならなかった。

 例えばソウルの地下鉄内で日本語の本でも読んでいようものなら、周囲の乗客に大注目され、遠慮なく目の前で悪口を言われる。ニュースでは毎日、日本の悪口を言う。サッカーのW杯で韓国が日本に勝った時は、その試合のためだけに大スクリーンが設置してある近くのスタジアムに詰め掛けた人々が大歓声をあげたため、地鳴りが起こって家の壁が振動した(本当)。そんなこんなで精神を病んでしまう在住日本人が多かったが、精神科に行っても韓国人医師と韓国語でやり取りをするしかないため適切な治療が難しい。また、とても多かったのが韓国人男性と結婚した日本人女性や、韓国を母国と思って移住した在日韓国人で、色々な事情があって日本に帰ることができないという人。中には絶望のあまり、自死を選んだ人もいた。

 韓国では、学んだことや良い出逢いもあったが、こういった反日の過重な重苦しさはそれらを遥かに凌駕するものだった。自分にそういった場所から出る自由があったことは、現在韓国に住んでいる人には失礼な表現かもしれないけれど、何回思い返しても幸運だったと思う。韓国を出てハワイに移住した経緯はこのシリーズの最後の章で書きたい。

 そんな韓国だけれど、その一方、大きい声では言えないだけで親日派の韓国人もけっこう沢山いたりする。次の章では、私が韓国で出会った親日派の人々をご紹介したい。

③につづく

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ご訪問ありがとうございます。ハワイ在住15年目のライターです。ここでは『日刊サン Hawai’i 』に掲載されたものを改編・再掲しています。https://www.instagram.com/hana_koshou/

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