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深センの古いマンション最高って話。(後編)

 先日(中編)で書いた日の数日後、なんとか無事に作品が完成し、いよいよアートフェアのオープニングの日を迎えたのだが、その前に私はまた一人でひっそりと古いマンションの一画に向かうことにした。
それまで長らく天気が曇りか雨の二択だったが、その日は朝から晴れており、外に出るとどこからともなく一層甘い花の香りが強く漂ってきた。

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 前回ルルさんと訪れた時は雨が降っており全体的に暗い雰囲気だったマンションも、その日は木漏れ日が壁を明るく照らして全く違う趣である。
敷地内に生えているジャックフルーツの木から、大きな実がわさわさなっていることにも気づく。
マンションの外の小径を歩いている人も以前より多い。孫を散歩に連れているらしいご老人もいた。
また前の記事では日本の団地とどことなく似ていると書いたが、あまり広くない一画に異なったタイプのマンションが沢山ある点は日本と違っていて面白かった。バリエーション豊富な窓の形を眺めているだけで、あっという間に夜になりそうだ。

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 中でも青いタイル貼りの外壁になっているマンションが、それはそれは本当に素敵だった。少しだけ張り出した窓に柵がはまっており、まるでレトロな鳥籠のようで大変に可愛い。即座に住みたいと軽率に思う。
外壁のよく分からないところから勝手に植物が生えているところなんかも私の心に刺さりまくった。
(ちなみに外見は古いが、深センにある時点で家賃はそれなりにしっかりしたお値段だと推測できる....)

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 ふと見ると一階の階段の入口が空いていたので、もしかして屋上に出れるのではという期待を抱いて入ってみる。
誰に見られている訳ではないが「私ここに住んでますけど何か?」という顔をしてシレーっと階段を登る。
このマンションは廊下がなく、階段の途中の踊り場にそれぞれの部屋に続くドアがあるというスタイルだった。ここのドアの形も全部違って個性的である。

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 そして内心ドキドキしていたが、なんとアッサリ屋上まで上がれてしまったのだ!
屋上に出た瞬間、心の中で「あーーー」という声が出た。
もしかしたら実際に口からも発していたかもしれない。

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 妙にカクカクした形の屋上は、お世辞にも綺麗とは言えず正体不明の細かいゴミだらけ。猫の尿なのか、獣のアンモニア匂がそこはかとなく鼻を突く。
そんな中にペラっとした湯葉のような布団が一枚干してあることで、この屋上が住人たちに日常使いされていることが知れた。
手前に置かれた机と椅子の周りには、何か(ピーナツ?)の殻が散乱している。ここで誰かが時々寛いだりしているのだろうか?

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そしてそんなカオスな屋上からは、今まさに開発中の新しいマンションが建ち並んでいるのがよく見えたのであった。
たまらない情景のギャップに私はしばし呆然と立ち尽くした後、夢中で写真を撮った。とにかく反射的に眼が喜んでいた。

 この手の感動は、本当になんと表したらいいのか分からない。
どういう種類の感動かも自分のことながら分からないが、深センで見た景色の中で間違いなく一番最高だった。
特大のカルチャーショックを受けたわけでもないし、別段ものすごい絶景でもない。しかしこの景色を見れただけでも、深センまで来てよかったなと心底思ったのだった。

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 そんなわけで「深センの古いマンション最高っていう話。」は以上である。予想よりもダラダラ長くなってしまったが、この記事はただ自分が通りがかりで訪れた場所の様子と個人的な感想を書いただけなので、オチもないし別に取り立てて良い話でもない。
(もしかしたら同じような奇特な建物フェチの人には響くかもしれないが...)

 しかし私はこれから先の人生で、なぜあの時に訪れた古いマンションの一画と、その屋上からの景色が心に刺さったのか、ふとした折に思い出してはその理由を考え続けるのだろう。ちょっと大袈裟だが、今はそう思っているのだった。


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