背理法

「僕は、とうとうこの扉を叩いた。」
女性だけの街。ここに僕が住むことを許される場所があるわけがないのに。

他に、方法は無いのか。死ぬしかないのかとまで考えた。でも、僕が死ぬのは仕方がないが、もうひとりを巻き添えにすることだけは、出来なかった。僕のひとり娘を。

「あなたの、嘆願書は読みました。そして拒否の結果もお送りしたはずですよ。」アマゾネス軍団に武器も防具もないまま両手を挙げて降参の姿勢で、向かい合うのだ。
本当は、バンザイの姿勢は取れないのだけど。
片手は塞がっていたので。

「僕は…。」
説明や説得や、いろいろ考えてきたことをなんとかプレゼンしなくてはならない。命がけで。

が、しかし、それもひとりの女性に中断された。当たり前だ。こんな甘えは許されない。
プレゼンをはじめられないならこの場で、処刑されても仕方がないというけど。それも許されないと言われたら。

「ママ、たっち、たっち」
僕を止めたのは、目の前の恐れるべく険しい顔をした女性たちではなかった。ベビーカーに
乗せた我が娘がぐずり出したのだ。
「ちょっと待てないかな。ママはいま、大事なお話しをするところなんだよ」
困って、話しかける。たぶん無理なのはわかっているけど。イヤイヤ期に差し掛かりだしているのだから。
「ヤダ」「ヤダ、たっちする!」
ガタガタとベビーカーから脱出すべく暴れ出す。このまま放っておいては、どこか怪我をする。

「すみません。お待ちいただけますか」
国交断絶した国との単独交渉の場で、いきなりこんな失礼もない。ここで無礼と拉致されて
殺されても僕を助けてくれる仲間は居ない。

誰にも言わずに此処へきているのだ。内密に。
僕は、僕の世界を裏切ってここにいる。

それでも僕は娘の安全のほうを選んでやるしかなかった。ベビーカーの解除ボタンを押して、
バーを動かせるようにすると、娘は「ヤッタ」自由にあたりをうろつき出す。でも僕の周りからは離れないけど。「静かにしててね」

無言で、僕の無礼を見守る厳しい目に向き直り
「失礼しました。僕は、この娘のことでお願いにあがりました。」
娘は驚くことに、彼女たちにまでまとわりつき出す。「誰?ママを怒ってる?」
不味いことを!それは今言ってはいけない言葉なんだよ、まだ二歳になる前の君にはそこまではわからないことなんだけど。相手を嫌な気分にさせたらおしまいなのに、この無謀だけど大事な計画が。
「ママがわがままだからなんだよ。だからこのひとたちが怒るのは当たり前なんだ」
「なんで?お菓子?もっと、って言ったから?」「ならもう欲しくない。ママを怒らないで」僕は泣きたくなった。本当に涙が滲んでくる。この歳で僕を守ろうとしている娘に。
「申し訳ありません。僕は罪を犯しました。

まさに今もそれは継続していて、どんな罰を受けても免れるものでは無いことだと、今は十分わかりました。あなたがたが何故反対し禁止し、国を分けるように、別の街を作ったことも。それでも外から僕らのすることを断罪し続けて叫ばれてることも」
「僕は、どんな罪でも受ける気でいます。
殺されても構いません。それ程罪深い犯罪に
手を染めていたことがやっとわかりました。

でも、この娘に、罪はありません。どうか
受け入れてやってもらえないでしょうか」

五人の女性のうち、ひとりが口を開いた。
「何故、ママ、と呼ばせているの?まあ妥当だとしたらパパ、ではなくて?」

「その言葉は、カスタマーから禁止されています。このあと、ご自分が使う予定なのではないかと思います。」僕は苦しそうに、でも本当のことを言った。嘘は必ず彼女たちに見抜かれる。女性たちは案の定、眉を顰めてその醜悪さを咎めるような視線ばかりになった。

僕のカスタマー、雇い主は、権力も金もある有名な男性だ。男性たちの間では、マスターだ。
だがしかし。女性たちは彼を認めなかった。

彼は、自分の娘を欲しがった。彼の子供を産んでくれる女性はいなかった。いくらお金を積んでも。それで、金も地位もない弱者男性の中で
最新の生物学技術、医療技術の恩恵で可能になった「男性も妊娠できる」試験第1号に、僕は
立候補したのだ。宇宙飛行と同じくらい危険で命懸けの仕事だったが、破格の褒賞がある。
保育の資格も持っている。三年間で、一生楽をして暮らせるのだ。験す価値はあった。僕には。
移植手術当時、僕は、彼女らの街中の女性から非難の嵐の中心に置かれた。でも、平気だった。金のためなら、これくらいなんだ。彼女たちはいわば別の国の人間なんだからと。

だいたい、女性たちがワガママなのだ。生来の妊娠できる自然体に産まれたくせに。生意気になったものだと。

続く

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