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長年お預かりしていた猫さん

 十数年前からネットオークションを利用している。と言っても累計で、売り買いあわせて300件ほど取り引きがあったかな、というくらい。

 買い手としては、買いそびれた限定品やコレクション収集など、ほかの方法では手に入らないものをたまに購入するくらい。
 売り手としては、捨てるにはちょっと、なものから、どなたかに使ってもらいたい、というものまで様々に出品してきた。売り手としての取り引きのほうが多い。

 幸い、大きなトラブルに見舞われたこともないので、持ち物整理をゆっくりと続けている。

 ほとんどの取り引きは終了すれば忘れてしまう。だが、一件だけ忘れられない取り引きがある。

 ちょうど十年前のこと。
 出品したものは猫のブローチ。お座りした猫のシルエットに尻尾がゆらゆらと揺れる、可愛らしい金メッキの小さなピンブローチであった。
 そのブローチを手に入れたのは、そのときよりも、さらに十年以上前の子どものころ。姉とお揃いで持っていたことは覚えているのだが、誰からもらったものか記憶にない。親戚のお土産だったか、とにかく私にとってはさほど重要なものではなかった。
 お気に入りの箱には入っていたが、「可愛いけど使わないから」しまったままであった。
 その後何度かの引越しを経て、結婚してもなぜか手元にずっと残っていた。一度も身に付けたこともないのに。

 十年前、何かの折にその猫のブローチを見つけた。懐かしいなと思いつつも、まだ持っていたのかと驚いた。今後も使うことはないだろう、とネットオークションに出品することにした。

 未使用とはいえ、十数年保管していたもの。ゆらゆらする尻尾の部分は、少しメッキがとれていた。元よりお金が目的ではないので、100円くらいで出品したように記憶している。
 売れないかもしれない、そうしたら今度こそ何かにつけようかな、と考えていたように思う。
 だが、意外とはやく落札された。
 当時は今のような匿名取り引きシステムはなく、落札後にメールアドレスを交換して、個人情報を連絡するという仕組みであった。
 連絡した落札者の方はすぐに返信してくれた。「ずっと探していました」と。

 亡くなったお母様のお気に入りのブローチと同じものだと。自分の不注意で形見をなくしてしまい、お母様に申し訳ない気持ちで、同じものをずっと探していたのだと。

 そのメールを読んで私は、ああこの猫さんは私のものではなかったのだ、と納得した。
 一度も使うことなく、でもずっと持っていた。それはきっと、この人にお譲りする、いや、お還しする日までお預かりしていたのだ。

 その後、無事に猫さんは持ち主の元へ還っていった。
 到着の連絡も直接メールで届いた。
「どんなお礼の言葉も足りません」
 私も返信した。
「あるべき人の元へお届けできてよかったです」


これまでに、頭の中に浮かんでいたさまざまなテーマを文字に起こしていきます。お心にとまることがあれば幸いです。