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mood study

 2023年夏。
 俺は期末試験を終えて、ばっちり赤点を取って再試を受けた後、晴れて夏休みに突入した。

「再試が終わったからと言って、復習するようにな!」
「了解でーす!」

 先生の話なんか耳には入っていない。浮かれポンチが炸裂しすぎている。
 だいたいティアキン出てるっつーのに、勉強なんかしてられない。4月に高校の勉強は動画で十分見た。ほとんど睡眠学習だったが、俺の頭には入ってこなかったんだから仕方がない。勉強よりも親への誤魔化し方を教えて欲しい。
 そもそもAiが出て来たんだから、なにか新しい発想をしないとそもそも生き残れないらしい。どうしよう。
 明るい未来しか描けない。
 
「楽しそうだな」
 そう言うのは藤井くんだ。中華系中国人なんだけど、藤井という苗字があるらしい。
「どうしたハッカーみたいな顔をして、夏休みが嬉しくないのか?」
「帰りたくない家だってあるんだよ。見ろ。ジャフくんを」
 ジャフくんことトルコ人の留学生は、赤点を取ってないのに、なぜか補修として作文を書かされている。酷い。

「ジャフくんよ。別に日本語なんかできなくたって、トルコ語で書いてカメラの翻訳をそのままパクればいいじゃないか」
 スマホで日本語からトルコ語に変換して見せた。
「カシコイネー」
「そうかな?」
 浮かれ過ぎて、どんな誉め言葉もゼリーのように俺の心につるりと入ってくる。

「賢い奴は赤点を取らないんだよ」
「そういう藤井くんは、何の教科で再試になったんだ?」
「日本史だよ。興味ないだろ」
「藤井くん、友達いないだろう」
「なんだよ。急に」
「日本史なんて、教師が使っている参考書とウェブサイトに乗っている設問しか出してこないんだから、一番点数が取れるんだぜ」
「そんなズルは初めて聞いた」

 急いでウェブサイトを共有しておいた。

「さ、ということで何する?」
「なにが?」
「ん?」
「夏休みだぞ! 遊ぼう! この夏は人生で一度しかないんだぜ。またコロナじゃない伝染病が流行ったら、遊べなくなるんだ。しわ寄せはいつだって弱者の俺たちに集まってくるんだから、とっとと遊べるうちに遊んどこうよ!」
「退廃的だなぁ」
「難しいことを言うなよ」
「どこで遊ぶ?」

 意外にもジャフくんがノッてくれた。

「お祈りの時間はいいのか?」
「お祈りは大丈夫」
「よし、じゃあ、底抜けにアクティブなことをしよう! 川だな! 川に行こう! チャリある?」
「ない」
「よし、俺の乗っていいよ」
「明石くんはどうする?」
「俺は走る。激走するから藤井くんが撮ってくれ」
「なんでだ? 俺も行くことになってるのかい?」
「当たり前だろ。赤点トリオじゃないか」

 山の方にある川まで、俺が変な顔をしながら走る動画を藤井くんに撮ってもらいながら、向かった。藤井くんは動画の編集を仕事にしたいらしく、意外に熱心だった。

 川についたときは汗が止まらなくなっていた。どっちにしろ洗濯するのだからと、ズボンだけ脱いで川に飛び込む。エルニーニョ現象もあってか、7月の日本はバカみたいな暑さだ。
 エアコンのない場所を走ると死ぬんじゃないかと思う。

「生き返るようだぞ」
「大丈夫だ。君のバカっぷりはしっかり撮影させてもらった」
 藤井くんは撮影に夢中だ。動画配信をしたかったらしい。
「君たちは入らないのか?」
「足だけはいらせてもらう。くっ、これは……」
「気持ちいい!」
 ジャフくんは、足だけ入って伸びをしていた。ジャフくんは夏休み中に、解体屋かケバブ屋でバイトをしたいらしく、悩んでいるのだとか。日本語だと勉強についていけてないという。

「大丈夫だよ。日本語がわかる俺でもついていけてないから。向いていないことはとっととやめて、好きなことをしよう。どうせPCDAを回しまくらないといけないんだし」
「明石くんは時々変なことを知っているよな」
「そうかい? どっちにしろ、選択肢は二択じゃないさ。頭を柔らかくするために、今は夏の川を堪能しようぜ」

 俺たちはしばらく学校から解放された喜びを噛み締めていた。

「この川って何がいるの?」
「魚。ヤマメかアユもいるんじゃないか? 今はいないけど」
「支流にいけば、何かいるかもしれないぞ」

 藤井くんはスマホで検索している。支流にはアメリカザリガニがいるらしい。
 ついこの前、特定外来生物に指定されていたはずだ。つまり、捕ったら捨てられないということ。どうして俺の記憶力はこういうどうでもいいことに使われているのか知らないが、チャンスではある。

「アメリカザリガニを捕まえよう」
「できるのか?」
「まぁ、川の土手近くをガサガサやって捕ろう。こんなことをやっている高校生は俺たちくらいなもんだ」
「撮影するか?」
「いや、今度は藤井くんもやってみよう。何を撮ってもらいたいのかの練習だよ」
「いいだろう! 明石くんよりいいリアクションをしてみせるよ!」

 支流に向かい、ジャフくんと藤井くんがアメリカザリガニを探すところから撮影しようと思ったら、エルニーニョの影響か大量発生していた。捕りたい放題だったが、これでやることは決まった。しかもジャフくんが意外な能力を発揮し、自転車の籠いっぱいにザリガニを捕ってしまった。

「……ということで、捕ったからには捨てられません。アメリカザリガニを捨てると犯罪になります」
「なんだって!?」
「え? どういうこと?」
「食べよう!」
「ああ、食べるのかぁ」
「いいね!」
 二人とも別に動じてない。

「日本ではあんまり食べる習慣がないんだけど、中国でもトルコでも食べるの?」
「食べる」
「普通に食用として持ち込まれたものだろう」

 異文化コミュニケーション。絵日記があったら描きたいくらいだ。
 二人を連れて、家に帰ったら、普通に母親に怒られた。しかもアメリカザリガニを庭で焼いていいか聞いたら、「バカなんじゃないの?」とどやされた。

「こう見えて、我々は赤点トリオ。学校では随一のバカを揃えました。母さん、そろそろ自分の息子に期待するのは諦めてくれませんか」
「倉庫に七輪があるから、勝手に使いな。網は100均のを使うんだね!」

 母の優しさを一心に受けて育つと人はこうなる。

 アメリカザリガニに塩を振って焼いた。

「それでは一斉に食べてみましょうか。ルネッサーンス!」
「「ルネッサーンス!」」
 馬鹿どもはノリがいい。
 赤く焼けたアメリカザリガニを乾杯して食べてみると意外に食べられる。柔らかいエビみたいな食感と味だ。

 こうして俺の夏休みは、アメリカザリガニと2人の移民の子と共に始まった。

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