見出し画像

エピソード3/喫煙者の帰還

テーマ「自由」

 3部作は面白い。「ロードオブザリング」、「スターウォーズ」(旧3部作)、「ゴッドファーザー」、「トイストーリー」(4など存在しない)等々。1作目を超えられる続編はないとよくいわれているが、3部作はどれも秀逸な作品が多い。今回3作品書こうと思い立った中、1作目のテーマに設定した「恋人との夏の思い出」が思いのほか筆が進み、私の考えたフィクションよりも私の恋人のほうが面白いことに気づいてしまった。そのため、続く2作も彼女をベースに話を書こうと決心した。しかし、このように自分の好き勝手に文章を書いたことが無かったため当然「作品の続編を書く」という行為も初めてである。もはやマンネリ・テンプレ・ネタ切れの極致。私小説として書くべき恋人の言動が、フィクションとノンフィクションの境界線を高速で反復横跳びし始めている有様である。しかしそれでも書かねばならない。3部作は名作と呼ばれるはずなのだから。

 以前大学のポータルからのお知らせで喫煙に関するアンケートが流れてきたのを覚えているだろうか。喫煙に関するイメージ、大学の喫煙所の進退等々。私はそのアンケートの最終項目、フリーで意見を記入する欄に1800字以内のところを1500字ほど書き詰めて提出した。私の望む幸福、それは喫煙者を減らすこと、そしてその最終目標はR大生の完全卒煙化である。
 あなたがそこら辺にいる知らないR大生に話しかけるとする。学部や出身、サークルの所属を聞くことだろう。サークルの所属を聞いたとき、「○○部」と文化系サークルの名前が返ってきた場合、2分の1の確率でその人は喫煙者である。そのサークルの名前が軽音部やら文芸部やら映画研究部であった場合はその枠にはとどまらない。その人は9割9分9厘、喫煙者だ。そして私はその残りの1厘、映画研究部の非喫煙者に属している。R大学映画研究部、恐ろしいサークルである。
 私が1回生のころ我がサークルの喫煙率は全盛期を迎えていた。先輩後輩入り混じっての初めてのご飯会。「こいつ話合わないな」と思われてしまうことを恐れ、ほとんど何もしゃべらず隅でプルプル震えている私をよそに、2回生以上の部員が突如として宴会の場から姿を消した。煙草も酒も知らず、純粋無垢で素朴な非喫煙者である私は、「こいつらは食い逃げでもするつもりなのか」と戦々恐々としていたがどうやら違ったらしい。彼らは、まだ大学生の宴席のルールを知らない子ジカの如くか弱い1回生を放置して煙草休憩に行っていたのだ。当時の私が受けた衝撃たるや語らずとも伝わるであろう。これが私の初めての煙草、もとい喫煙者との邂逅となった。その後私は「すぐやめそうな新入部員ランキング」堂々の1位を獲得することとなったが、また別の話である。
 なぜここまで私が喫煙者を忌み嫌うのか、それは私の恋人も映画研究部の部員であり、部の9割9分9厘を占める喫煙者側に属しているからである。

 ありがたいことに私には1年以上付き合っている恋人がいる。黒髪にワンピース、黙っていればとても清楚に見え、まるで森見登美彦氏の小説に出てくるヒロインを彷彿とさせる。しかしこの黒髪の乙女、彼の小説に出てくるヒロインに負けず劣らず、文学的で思想が強く曲者なのである。ユニバよりもひらパーを好み、インスタやBeRealよりX(旧Twitter)を好み、そして国際学部や英米文学科の存在を良しとしない。
 前述したとおり、私と同じく映画研究部に所属している。余談ながら、森見氏の名作「四畳半神話大系」に登場するヒロイン、「明石さん」も大学の映画サークルに所属している設定である。私の恋人と「明石さん」には数多くの共通点が存在するが、彼女らを分け隔てている唯一にして最大の相違点が、喫煙するか否かである。私にとっての黒髪の乙女は煙草を吸っていた。
付き合い初めてしばらくたったあくる日、私は勇気を出して彼女に、なぜ煙草を吸うのか聞いてみた。返答次第で私は喫煙者側に歩み寄るつもりであった。つかの間の沈黙を挟み、答えが返ってきた。
「煙草を吸う人たちとコミュニケーションを取りたいから」
 煙草を愛し、その匂いや味、ニコチンを嗜むために吸っているのならまだ許せていただろう。よりにもよって煙草をコミュニケーションの一環として利用するために吸っているとは。形だけのファッションヤニカスではないか。
 実際はそのようなことを言えるわけもなく、話し合いの後、映画研究部の部員に誘われた場合のみ喫煙をしていいという約束を取り付けた。ついに私は心の平穏を獲得した……はずであった。
 彼女がほぼ煙草から足を洗ったと確信していたある日、彼女のピンクと白を基調とした可愛らしい部屋の片隅に、濃い藍色をした四角い箱が2箱置いてあるのを見つけた。嫌な予感がした。表にでかでかと「Peace」と書かれている。不和を生まないよう知らないふりをして尋ねてみると、どうやら煙草仲間の先輩から誕生日プレゼントとして2箱もらったらしい。この先輩というのは同じサークルの先輩というわけではなく、喫煙フレンズのひとりだった。私は大きなショックを受けたが、喫煙するかどうか最終的な権利は彼女にあるため、それ以上問い詰めるのは諦めた。臭いにおいをまき散らすだけの葉っぱに世界平和の願いを込めた命名者を心の中で小さく呪うことしかできなかった。

 どうかみな喫煙をやめてほしい。吸っていない君は思いとどまってほしい。大学生喫煙者の数が減ることが、結果的に彼女が煙草から足を洗うことに繋がると私は考えている。ここで私が警鐘を鳴らすのもその活動の一環である。羊文学には負けたが、煙草にはまだ負けてはいない。私の戦いはこれからだ!!

※この作品は、実在の人物と実話をもとにしたフィクションです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?