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16話 ギターを弾ける友達

僕は高校進学前の春休みを使って漫画家への第一歩を進めるべく「週刊少年ジャンプ」編集部へ、直接の漫画の持ち込みを掛けた。まずは、月々に開催されている漫画賞へ応募する為に、今描いている漫画の内容についてプロのアドバイスを求めるのが目的だった。
編集者の評価はなかなかのもので、当時話題になっていた「最年少デビュー」を狙える可能性もあるとの事だった。
僕は最年少デビューという言葉に夢中になっていたのだけれど、編集者は、その事よりも確実に成長する描き手を増やしたいと言い、僕のやる気を買って、今後は特別にエンピツの下書き段階でアドバイスをくれるとの事だった。

高校生活で電車通学になると、アニメ・漫画ヲタク仲間も含めた中学校の頃の友達とは、まるで会う事がなくなり、付き合いは様変わりした。
場所は千葉県の幕張。世界的な展示会場が完成する予定の場所にもほど近く、海岸もあり、何となく浮かれた高校生活が始まる。漫画を描く他は新しくできた友達とただ遊び続け、毎日ファーストフードでだべって、楽しいだけの日々を過ごした。

テンホールズハーモニカへの情熱は、やや冷えたまま持ち続けてはいたけれど、毎日がむしゃらに練習をするという事はもうなかった。「演奏」のような明確な目標が無かったからだ。他に買い足したハーモニカKeyもなく、新しく何かの曲に音を合わせる事もしなかった。ただ、カビ臭くならない程度に、たまにハーモニカをくわえてはベンドの練習くらいはしていた。


1年生の文化祭では自分が中心になってクラスで映画を撮ったし、夏には自分達で計画を立ててキャンプにも行った。僕も含めて、男友達はみんなよく女子にふられ、ハーモニカをごく自然に披露出来そうなシチュエーションだっていくらもあったのに、僕はなぜだかもう「吹きたい」とは思わなかった。

気まぐれに、ハーモニカを吹くため、弾き語りをやる友達を探してみようかと思う時もあったけれど、フォークソングやニューミュージック自体がすでに下火になっていて、ユーロビートが流行りマドンナやプリンスが大人気で、ハーモニカの入った曲などそう聴く事はなかった。映画の「バック・トゥー・ザ・フューチャー」が記録的な大ヒットをし、テンホールズを知る切っ掛けとなったヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「パワー・オブ・ラブ」が毎日のようにテレビで流れ続けても、その中には僕を夢中にさせた、あの「ポワ〜ン」という音色はなかった。全ては、中学生の頃の思い出のひとつだった。

高校の2年目が始まる頃、進路を決めるための大幅なクラス編成があり、僕はデザインの道へ進むため「美術コース」を選択する。成績はかなりの下位で、どのコースでも厳しそうだったのもあるけれど、そのコースが漫画家に一番近い進路だと思えたからだ。
当然、普通のコースより学科が少なく、その分だけデッサンや油絵、デザインといった授業が追加され、美術大学などへの進学を目指す生徒が大半を占める。
特殊なクラスにつき40人以上の生徒で男子はたったの9名ほどしかいない。他のコースからは「ハーレム・クラス」だのとからかわれていた。

美術コースに進んでからも何となくその日その日を過ごしていた僕に、ある日、再びテンホールズへの情熱を、思い出させる出来事が起こる。ギターを弾けるP君という友達ができるのだ。P君も漫画を描いていて、部活動ではアニメ漫画研究会に所属していた。なかなかにシュールな作風で、学園祭では数百枚の絵をつなげ、実際にアニメーション作品を発表するほどだった。

ある日、学校にあった置きギターで、彼は突然そのギターの腕前を披露する。「さだまさし」が大好きだった彼は、きれいな声で歌までも歌う。
なんとなしに僕が「ハーモニカが吹ける」と言うと、すぐに「じゃあ、次の休みの日に楽器を持ち寄って演奏しよう」という話になった。僕は人と演奏をする経験がまだなかったけれど、特に構える事もなく、自然にこの話に乗った。
それからは次の休みになるまでの毎日、お互いの楽器の話で盛り上がった。

約束の前日、僕はG、E、Emの3本のテンホールズハーモニカを出し、久しぶりにしっかりとベンドの練習をやってみる。
P君が「ハーモニカってKeyによって音が違うんだろう?持っているKeyは全部持って来てよ」と言うので、しまっておいた「CのKeyの普通のハーモニカ」も探し出し、そちらも軽く吹いておいた。
テンホールズの小ささに慣れてしまったため、普通のハーモニカの横長なフォルムを妙に大きく感じるものの、それなりに吹く事はできそうだった。

普通のハーモニカの方でなら、僕は何曲かは曲のメロディーらしきものを吹く事もできた。「北の国から」や「不良少女白書」といったフォークソングっぽい曲を、いくつか音をごましながらも適当に吹いていたのだ。
他にも数曲はレパートリーらしきものがあったけれど、全てテレビドラマの影響だった。
その頃もクラスのみんなは洋楽の方に夢中で、聴く音楽にはかなりのこだわりやアイデンティティーを反映させていた。僕は漫画一筋で、相変わらず音楽には全く興味が持てないでいた。

つづく


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