彼女の胸のエイリアン1
同僚C
「はまぐり子さんと同じなんすよ」
職場の同僚が唐突に言う。まだ20代半ばの彼はとても良い青年で照れたような優しい笑い方をする子熊のような人だ。
子熊の『片道一時間なんすよ〜』と別の同僚と話している会話が聞こえ、どうやら母親の入院の話をしているらしかった。『お母さん、どうしたの』と聞いてみた答えがこれだった。
そうか、乳がんなのだな。
「俺が母親に病状を教えられた時、もう余命宣告された時で・・・なんでもトリプルネガティブとかいうやつらしくて。普通にシコリがあるなって思って近くの乳腺外科に行ったらうちじゃとても診れない状態だからってすぐに大きい病院へ紹介されたらしいんすけど。それで密かに受診して密かに治療してたらしくて。なんか最初から悪かったらしくて。東京の有名な医者へも行ったらしいんすよ」
子熊はそう言った。
乳がん発覚時から同居の息子に隠して治療できるものなのだなと変なところで感心した。東京の医者か。すごく努力されたのだな。彼の母親の話はたびたび耳にする機会があった。自分と年齢が同じことを思い出す。
「はまぐり子さん、涙ぐんでますよ」
はっとした。色々と考えていたらそんな顔になっていたらしい。辛いのは彼なのに私が泣いてどうする。ぜひ、できる限り本人の希望通りになりますようにと思っていたが、その日からほんの1ヶ月ほどで子熊の母親は亡くなってしまった。同じ病名で同じ年齢。日本人の9人に一人が乳がんにかかるという。その乳がんは、種類もステージも治療方法も様々で、乳がんという括り方では、括りが大きすぎて。
余命宣告されるまで子供たちにそれを伝えなかった本意はわからないけど、子熊の母親はとても強い人だなと思った。
私は鏡に映る乳がんらしきものを発見した後、1週間ほどインターネットで病院を探しここだと直感的に選んだ乳がん専門のクリニックに電話をし、予約をし、検査の当日にDr.グリズリーに「たぶんそうだと思います」と診断を受け、全摘手術を希望し手術の日程も決め、その足で職場に行き休暇の申請をした。
全てをちゃっちゃと一人で決めて話を進め、全部決めてから同居の両親に「こうなったからこうします」と報告した。本当は伏せておきたかったが、流石に入院で不在となる理由について嘘を突き通す自信がなかった。
でも言わなくて済むなら言わずにおきたかった。なぜか?面倒臭かったからだ。家族というものは往々にして面倒臭いものだ。