見出し画像

【エッセイ・ほろほろ日和10】大好きを生きる

 子供の生活の中には「大好き」がたくさんあふれている。
 雨上がりの虹、蟻の巣、タンポポの綿毛… みつけると飛び上がって喜んで、飽きもせずにいつまでも見惚れている。幼い子供は過去を悔やんだり、未来を愁いたりしない。今この瞬間だけが全て。ワクワクやドキドキがいつも一緒にいる。

 子供が側に来てくれるまで「大好き!」という感覚をあまり意識しないで暮らしていた。だが気付いてみると、時間に追われているような生活だって「大好き」の欠片はたくさん転がっている。

「ねぇ、大きくなったら何になる? きっと、大好きなものになれるよ!」

 16年前、3歳にも満たない娘をつかまえて、耳元で囁いてみた。娘は嬉しそうに「いもぶしになる!!」と笑った。「いもぶし」。私には、「いもぶし」が何なのか、すぐにわかる。正解は、「梅干し」。大好きなのだ。
「そっかぁ! すんご~く長生きしたらなれるね」
 と私も笑う。

「大好き」は幸せの種かもね。大事にしてるといいことがあるよ。娘に語りかけながら、私は自分の幸せの種を探してみる。

 広島県の東側にある小さな町の小学生だった私は、前の晩に夢で見たことを友達に語り、そこから物語を創ったり、お芝居を演じることに夢中になって毎日を過ごしていた。親友の葉子ちゃんは天性のアーティストだったので、私が創る怪しげな物語を、見事な表現力で絵に描いて見せてくれた。放課後の教室は、私や葉子ちゃんの創作のアトリエ。ふたりで飽きる事なく、純白のペガサスに乗って夢の中をフワフワ漂っていた。

「文学少女的傾向が強すぎます。要注意!」

 小学校5年生の1学期、私が担任から渡された通知表には、赤字でそう記されていた。進級の時、葉子ちゃんとは別のクラスになってしまったものの、一向に私の目は醒めない。教師はそんな私が気持ち悪い存在だったらしい。突然自宅にやって来て「お宅の教育は大丈夫か」と母に詰め寄った。
 今なら、この時の教師の気持ちは多少理解できる。私は現実と非現実のバランスがとても悪い。空想の世界にドップリ浸り始めると、現実がもの凄くおろそかになる。何歳になっても、その点は、あまり改善されていない。

「だって、好きなんだもん。こういうの」
 そう、好きだから仕方ない。けれど、かなり生きづらい。

 6年生に進級してクラス担任が変わった。しかし、担任が変わったからといって私の評価がそうそう変化するはずもなく、相変わらず通知表には「空想的な言動や作文は面白いが、勉強も頑張りましょう」と書かれた。
 卒業式も近付いてきたある日、謝恩会でクラス別の出し物をすることになった。イベントとなると別人のようにエネルギーが湧き上がってくる。
「お芝居、芝居やろ!」
 私は叫んでいた。それから後、クラスメイトをどうやって口説き落としたのかは記憶に無い。ただ、その夜一晩で台本を書き上げ、翌日には教壇に立って配役を割り振り、演出を買って出ていた。

「珍版・ロミオとジュリエット」
 シェィクスピアの悲劇が原作だが、脚色してコメディーにした。両親が自分たちのことばかりにかまけていたため、イジケて育ったロミオと過保護に育てられた我がままお嬢さん、ジュリエットの物語だ。主役のふたりとジュリエットの両親はみんな男の子が演じた。その他の配役も、男女の役割を入れ替えたり、ピーという笛の合図で、バスガイドと観光客がぞろぞろ登場したりする、ハチャメチャなお芝居だ。時間にして20分。謝恩会の本番で、これが、ウケタ。大爆笑だった。観客の反応で出演者の演技も乗ってくる。
終演後、拍手が鳴り止まなかった。私は舞台の袖で、クラスメイトと抱き合って喜んだ。
 校長が飛んできた。
「君! 素晴らしかったよ!! この学校の歴史始まって以来だ!」
 校長がこの学校の歴史を把握しているのかどうかはかなり怪しいが、彼は私の肩をガシっと掴んで揺すった。小学校入学以来、初めて校長に褒められた。

 そして、卒業式の日。担任の先生が驚くほどの強さで私の手を握りこう言った。

「私は、この1年間あなたを見ていて正直言ってあなたという人が解らなかった。何を考えているのか全く理解出来なかった。ごめんなさい。ちゃんと見てあげられなくてごめんなさい」
 先生は私に、深々と頭を下げた。

「あなたはね、この道を行きなさい」
「この道?」
「そう、大好なことをして生きて行きなさい」
 胸の鼓動が急に早くなった。
「はい、この道を行きます」
 私は答えていた。

 あれから45年。
「せ、先生。この道って、いったいどの道のことでしょう…」
 何度もそう思った、迷いっぱなしのこの道。だけど、本当に好きなことをして生きていいのだと勇気を与えてくれた先生の言葉は、今でも私を根底から支えてくれている。

 親友の葉子ちゃんは、世界的に評価されるイラストレーターになった。私のファーストアルバムのジャケットも彼女の作品だ。葉子ちゃんは言った。
「ねぇ、もう一回芝居やりなよ。まさか、あの謝恩会で才能を全部使い果たした訳じゃないでしょ」
 全部とは言わないが、かなり使ってしまったかも… 

 娘は、今年大学に進学した。「いもぶし」にはならず、神職を目指して勉強中だ。大好きな神社に奉職したいのだという。驚いた。そうくるか! と思った。サークルは神楽舞。雅楽の演奏を背に舞っている。好きを選択していたら、ここにたどり着いたようだ。日々、楽しそうに大学に通っている。

 子どもの頃の「大好き」を生きるのは、とても幸せなことだ。辛いこともあるけどね。それでも、とても幸せなこと。そして人間は、きっと大きくそこから外れることはなく生きる。私がいまだに、物語を作り表現を続けているように。 
 
 私たち大人は、幼い子どもたちの「大好き」を奪ってはいけない。目の輝きを無視してはいけない。

 子どもは、「大好き」を糧に、光の方に向かって伸びるのだから。 

お読みいただき、ありがとうございました。ご支援をいただけるのは、とても励みになります。嬉しいです。引き続きよろしくお願い致します。