「やさしさ」を考える #やさしさってなんだろう

「やさしさ」を考える #やさしさってなんだろう

ひょんなことから知るようになったsoarから、興味深いお題が出ていたのでアウトプットの練習を兼ねて記事にしてみる。

その前にふと面白いなと思ったことがある。soarのTwitter公式アカウントがお題である #やさしさってなんだろう というタグを元にリツイートを行っているため、そのフォロワーである僕のタイムラインがいろいろな人のやさしさでいっぱいになるということである。

soarというメディアを通して様々なやさしさがあふれてきているようで、活動内容そのものが現れているなぁ、すごいなぁと思った次第だ。

不思議な言葉

僕もやさしさとは何かを考えるに当たって、さまざまなやさしさを思い浮かべた。

親切なこと、怒ってくれること、教えてくれること、笑ってくれること、
一緒にいてくれること、泣いてくれること、丁寧なこと、共感してくれること、スルーしてくれること、話を聞いてくれること、厳しくしてくれること、まじめになってくれること、向き合ってくれること。

連想すればするほど出てくるやさしさの数々に、とても不思議な現象が起きていることに気付いた。

世間一般に対義語と呼ばれる言葉が、平気で同じ意味の元にあるのだ。

その最たるものが、厳しくしてくれること。

厳しいという言葉は、やさしいという言葉そのものの対義語ではないか。

こうなってくるとやさしさの偉大さを感じずにはいられない。正反対の方向を向いている言葉すらもやさしさに変えてしまうのだから。

(表裏一体とはよくいったものだ。日本語ってすごい。)

普段考えたことが無かったので今回初めて気付いたが、やさしさとは実に不思議な言葉だ。

連想しているうちに話がそれてしまったが、これは非常に興味深い話題だと思う。どんな単語でも対義語の優しさが成り立ちそうかといえばそうではないからまた面白いのである。

(どなたか思いついたら、雑であること、不真面目であることのやさしさ、教えてください。)

結局

やさしさってなんだろう。

しいてまとまったようなことを言えばスキルだと僕は思う。

相手に今最適と思われる態度、行動を示すことで、やさしさを遅かれ早かれかんじてもらえる場合がある。

であれば、そうした態度、行動を選び抜くスキルこそがやさしさとも言える。

だが果たして僕の感覚が他の人に通用するかといえばそうとも限らないわけで、僕がそのスキルに基づいて示した態度や行動をやさしさとして受け取ってもらえなかった場合、僕はやさしくない人になる。

結局、やさしさというのは個々人の内側に存在するものであって、完璧に把握するのは不可能に近いものだ。

様々なやさしさに触れ、自分の中にある幸せのレパートリー、すなわち視野を広く持つことが重要な気がする。

そうすることでスキルとしてのやさしさも磨かれるし、自分が相手から何かをしてもらったときにその意図を推し量ることもできるようになるだろう。

やさしさについて考えることで、相手も自分も心地よく生きていく方法を導き出すことができそうだ。

追記

僕は個人としてのやさしさについてのみ書いたが、人々の集まりによる総体としてのやさしさについて言及している方がいたのを見て、また新たなやさしさの形に気付くことができた。

#やさしさってなんだろう キャンペーン、非常に勉強になります。

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Haru

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