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金沢『志な野』の原点かつ頂点な一杯

6月下旬、私は金沢にある茶漬け屋に赴いた。
夜22時以降、市街地から少し離れた路地裏でひっそりと営業を始める、まさに隠れ家的名店。その店の名は『志な野』と言う。

以前、マニアフェスタという各ジャンルの猛者たちが集うイベントに『茶漬けマニア』として出店した際、ブース来訪者の方々から「茶漬けといえばここご存知ですか?」とこの店の名前をたくさん聞いた。
お土産屋やアンテナショップで販売されているようなご当地茶漬けを専門分野としていた私。店舗型の茶漬けの知識はまだまだ未熟であり、その店の名もそこで初めて聞いたほど無知であった。
これはまずい。『多分死ぬときは茶漬け過剰摂取に伴う塩分過多』を持ちギャグにしている私がその店のことを知らないとは、信憑性をも揺るがす一大事なのではないか?茶漬け狂を名乗る以上、マストで行くべきスポットなのではないだろうか?
ギャグの不謹慎さはともかく、私はその店へ行きたいな、行かなくちゃ、絶対行ってやる、と強く心に誓った。

やっと緊急事態宣言が解除され、県境を越えての移動ができるようになったその日、私は友人とともに夜の金沢の街へ繰り出した。
金沢駅からバスで10分ちょっと、そこからホストクラブのキャッチやらなんやらをかいくぐりながら少し薄暗い路地裏を歩むこと5分。煌々と電飾看板を光らせるその店『志な野』があった。

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萌黄色の暖簾をくぐり中へ進むと、6・7席ほどのカウンターが細く連なっており、数人の常連客と一人で切り盛りするおかみさんの姿があった。
友人と2人入店するやいなや、おかみさんは「奥の席どうぞ、ヤッホー」と案内された。瞬間、私の胸は高鳴る。

これが『会話が全てヤッホーで通る』と噂される茶漬け屋、通称『ヤッホー茶漬け』か!!
そしてあの話マジだったのか!!ちょっと冗談だと思ってたよ!!
まさに『すごいぞ!ラピュタは本当にあったんだ!父さんは嘘つきじゃなかった!』と興奮しきったパズー状態。

メニューは茶漬けのみ。茶漬け狂大歓喜のストロングスタイル茶漬け屋である。

のり茶漬け:550円
梅干茶漬け:660円
紅葉子(たらこ)茶漬け:660円
さけ茶漬け:660円
志な野茶漬け:780円
※全て税込

私はお店の名物と見えた『志な野茶漬け』を注文。おかみさんはこの時も「はい志な野、ヤッホー」とオーダーを取っていた。

ほどなくして料理が到着。見よ、これが噂の『ヤッホー茶漬け』だ!!

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ぶぶあられのふりかけられたごはんと、出汁の入った急須。そして具材の盛られたお皿が1枚というなんともシンプルなものである。お店のお品書きによると、具材はさけ紅葉子からし昆布シラスちその実梅干など盛りだくさん。おかみさんは提供時「ごはんと出汁おかわりできるから配分しながら食べてね」的なことをおっしゃっていた。正直もう「ヤッホー」の声量がそこそこあってそちらしか覚えていない。

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ひとまず、1杯目はわかめ、菜漬け、からし昆布、さけをごはんの上に乗せ、出汁を回しかけて一口。

うっっっっっま……!!!

なんだこれ、全語彙力吸い取られるくらい美味しい。
正直、特別な具材はない。出汁もいたって普通の昆布出汁だ。でも、だからこそ茶漬けの王道の旨さをこれでもかと感じられる。
昆布出汁は味がまろやかで甘みが強め。そこにからし昆布をはじめとする塩気や辛味など味にパンチのある具材が合わさり、お互いの味を引き立てあっているのだ。出汁に甘みがあるから具材の個性をしっかり感じられる。具材に刺激があるから昆布の甘みのありがたさを知る。そして、それらの旨みが合わされば、また極上の味わいを堪能できるのだ!

そこからはただひたすらに茶漬けをかき込んだ。旨い旨いと頬張っていると、ふと「ヤー」という声が耳に飛び込んできた。おかみさんの声ではない。視線をちらりと横にやると、先に来ていた常連客たちとおぼしき男性が、おかみさんに向かって空の茶碗を差し出し、「ヤー」と叫んでいたのである。おかみさんはそれに返すかのように「ヤー」と言いながら茶碗を受け取り、ささっとごはんをよそって客に茶碗を返す。もちろんその際も「ヤー」の掛け声付き。どうやら、"そのステージ"まで到達すると「ヤー」の一言、いや一音で意思疎通が図れるらしい。
ちなみに、ごはんと出汁は何杯でもおかわりオッケー。現在の最高記録は34杯だそうな。すげえ。
これは、想像以上にワンダーランドだ……。逆隣の雑多な空間(おそらく在庫置場兼住居スペース)に置かれたラジオから流れる、絶妙な選曲の演歌と「ヤー」の応酬に耳を傾けつつ、私はそんなことを考えていた。

残りの具材を乗せて2杯目の茶漬けを美味しくいただき、さてそろそろお代を払って帰ろうとしたとき、旦那さんと思われるおじさまが表玄関から入店し、店の奥のほうへ入って行った。
私たちがお会計を済まし「ごちそうさまでした」と席を立つと、「ヤッホー」の二重奏が返ってきた。ああ、旦那さんもやっぱ「ヤッホー」って言うんだ……。ずっと耐えていたがいよいよ面白さが臨界点突破し、にやけ顔のまま私も「ヤッホー」と返して店を出た。

『ヤッホー茶漬け』こと『志な野』。口コミ以上にディープで魅力的なお店だった。
また金沢を訪れた際には、あの原点であり頂点の茶漬けをいただきたいものだ。その際は、ぜひヤッホー語をマスターして行こう。


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