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スパイ・リスペクト・キッズ

小学生の頃、私は憧れていた職業がある。それはスパイだ。

きっかけは父親が近所のレンタルビデオ店で借りてきたアクションコメディ映画『スパイキッズ』。近代的で魅力的な秘密道具を使って、任務をド派手に遂行する。本来のスパイはもっと隠密に徹するものだろうが、幼い私はあの超クールなキッズたちこそ『スパイ』だと信じて疑わなかった。

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この映画でのスパイは、道具を使っての隠密行動はもちろん、戦えるし飛べる。ほぼヒーローだ。対象が違うだけで、仮面ライダーやプリキュアに憧れる同級生とほぼ同じ。なんとも子どもらしくて可愛い夢だったと今では思う。

スパイに憧れたものの、当時誰かに言うつもりはなかった。
前述の通り、これは「ヒーローになりたい」と同じレベルの幼さがある夢。言ったところでバカにされるし、ヒーローより職業に具体性があるばかりに結構強めにイジられる予感がした。
「そもそも公言してなるスパイってどうなんだ?」とも思っていた節もある。一応、作品内でも『スパイは誰にもバレてはいけない』という大前提のルールはあり、あんなに大暴れしていても秘密組織であることは理解していた。真のスパイになるには、誰にも明かさず訓練を積むべきだと、私は子どもながらに考えた。

スパイに憧れた私は、静かにスパイグッズを集め始めた。
しかし、これがなかなか難しい。当時はネットショッピングなんて自分ではできなかったし、近所のスーパーの3階にあるおもちゃ売り場にもスパイキットは陳列されていなかった。そもそもあの映画で観たようなグッズを手に入れる潤沢な資金が、フリーマーケットで手に入れたエンジェルブルーのがま口財布から出てくるわけがない。
ではどうしたか?簡単な話である。私は常に『それっぽいガラクタ』を集めることに尽力したのだ。

ピッキングに使えそうなクリップをまっすぐに伸ばした針金、敵を捕らえる時に役立つであろう何かの紐……。「これはあのシーンみたいな状況で使えるかも」とワクワクしては宝物入れに詰め込んだ。
2年前、実家を出る前に荷物整理をしていたらその箱が出てきたのだが、針金と紐と画鋲と……と図工の時間にやった『身近なもので絵を描いてみよう』の授業でも役立たなそうなザコ画材みたいだと笑ってしまった。

今となってはただのゴミでしかなかった私のヘボスパイグッズのうち、ひとつだけ高価なものがあった。トランシーバーだ。
小学生当時、進研ゼミをしていた20代の方は覚えているだろうか?毎月の勉学の理解度を試す『赤ペン先生の問題』を提出すると、採点された回答用紙に努力を称えるように金色のシールがついていたことを。そう『がんばりシール』である。このシールはいわばポイントのようなものであり、専用のカタログから枚数に応じて筆記用具やおもちゃと交換できるシステムになっていた。
そのカタログ冊子に「離れていても秘密の会話ができる!」と紹介されていたトランシーバーに私は一目で釘付けになった。これこそ、スパイを志す者に必要なアイテムではないか。
すぐさま必要ポイントを確認する。72ポイント。ひと月にもらえるがんばりシールは8枚。簡単なメモ帳セットが2ヶ月もテストを提出すれば交換してもらえるが、電子機器であるそれは9ヶ月間の忍耐が必要なようだ。

構わない、スパイとは辛抱強く待ち、好機が訪れた瞬間に仕留めるものさ。
自身のスパイ像が無敵な存在になり始めていた頃、同じく父親に観せてもらった『ゴルゴ13』の影響で若干スナイパーのようなエッセンスも入ってきてしまっていたが、私は9ヶ月提出期限までにテストを提出ことに尽力した。
そして迎えたその日、私はシール台紙を見てにんまりした。72枚の金ピカシールがまばゆく輝いている。ああ、これでようやく私はスパイになれるんだ!

数週間後、自宅に小包が届いた。来た!ブツだ!
私はすぐさま小包を抱えて自室に入り、勢いよく包装を解く。中には待ち望んでいたトランシーバー!
「もっと実用的なものと交換したほうが得じゃないのかしら……」
何が届いたのか察していた第一受取人の母は、私がシールを提出するギリギリまで「72枚だったらこのバッグとかにしたらいいじゃん」と諭していた。しかし、私はあのカタログでトランシーバーを見つけたあの時から、絶対手に入れるのだと決め込んでいた。心構えが違う。元来の頑固さと憧れの存在たちが守っていた『信念』のもと、母のアドバイスをガン無視して手に入れたトランシーバー。私は翌日から私と張り合えるわんぱくキッズな友人たちと近所のドデカ自然公園で本気ドロケイをする際に活用させるのだった。

あれから10数年経ち、大学4年生になった私は卒業旅行でヨーロッパへ行くことになった。トランジット含めて飛行機で約17時間。安いパッケージツアーではあったが、飛行機には全席モニターがついており、映画や音楽が楽しめる仕様になっていた。
なんとなく寝付けなくて映画リストを見ていると、『常識破りの超過激ノンストップ・スパイアクション!』というキャッチフレーズに目が止まる。同時に、あの頃ずっと憧れていたスパイとそれに近づくための日々を思い出し、気づいた頃には視聴を始めていた。
『キングスマン』、私の子ども心を再燃させた罪深き存在である。

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とはいっても、さすがに今からスパイになろうなどと超絶ハッピーな夢は抱いていない。
ただ少し、イベントスタッフの時に装着するシーバーに胸を熱くさせるだけだ。

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