【化学】日本オリジナルの高純度な鉄のはなし
ジブリ作品にも描かれた高純度な鉄作り
ジブリアニメ「もののけ姫」に ”たたら場” と呼ばれるデカい製造所のような場所が登場したのを覚えているだろうか。
あれは「たたら製鉄」と呼ばれる千年以上も昔（３～６世紀頃）に生まれた日本オリジナルの製鉄法だ。原料は木炭と砂鉄のみだけれども、作られる鉄の純度は９９％という高純度を誇る。作中では、何日も絶え間なく火を焚いて鉄を作る工程の１つが描かれている（「４日５晩踏みぬく」と聞き取れるセリフもある）。
①還元性ガスＣＯの発生
Ｃ＋Ｏ２ → ＣＯ２
Ｃ＋ＣＯ２ → ２ＣＯ
大人勢で足場（踏み鞴；ふみふいご）を踏んでいるのは、木炭を燃やすための空気（酸素）を送り込むためだ。そうすることで上記の化学反応式①のように、酸化鉄を鉄に還元してくれる一酸化炭素（ＣＯ）ガスができる。送り込む空気が多くなりすぎると還元に全く役立たない二酸化炭素（ＣＯ２）ガスの方が多くなるばかりか、火力（燃焼熱）が強すぎて酸化鉄の塊の温まり具合にムラができてしまう。
ハンバーグを強火だけで焼いたら、表面付近は焦げて中が生焼け状態になるけれど、そのイメージに近いことが酸化鉄の内部でも起こるわけだ。だから「とりあえず空気をバンバン送ったらいいんでしょ？」という繊細さを欠いたスタンスではダメで、それもあって作中でのキャストを女性にしたのかもしれない。
木炭を燃やして炉内を常に一酸化炭素＋二酸化炭素の混合ガスで満たして、ただひたすらに酸化鉄の還元反応②をゴリゴリとやり続ければ、やがて鉄の純度は上がっていく。
②ＣＯによる酸化鉄（Ｆｅ２Ｏ３、Ｆｅ３Ｏ４、ＦｅＯ）の還元
３Ｆｅ２Ｏ３＋ＣＯ → ２Ｆｅ３Ｏ４＋ＣＯ２
Ｆｅ３Ｏ４＋ＣＯ → ３ＦｅＯ＋ＣＯ２
ＦｅＯ ＋ＣＯ → Ｆｅ（鉄）＋ＣＯ２
この操業は一度始めたら途中で止めることはできない。理由は簡単だ。火を落とすと空気中にある酸素が炉内に入り込んで、その酸素が鉄を再び酸化してしまうのだ。だから、鉄が出来上がるまでは昼夜関係なく一酸化炭素（ＣＯ）を送り続けないといけない。今も昔も鉄作りは体力勝負なのだ。
ちなみに、木炭（Ｃ）自身も一酸化炭素（ＣＯ）と同じ還元剤なのだけれど、これにはガス化しないという物理的な欠点がある。たたら製鉄では酸化鉄の還元を大体１５００℃の温度で行うのに対して、木炭の主成分である炭素がガス化する温度（正しくは昇華点）はそれより遥かに高い３６００℃だ。つまり、木炭はずっと固体のままなので、直に触れている表面でしか酸化鉄を還元できないのだ。そういう意味では、化学を学んだ者の端くれとして炭素が１５００℃未満で昇華する世界だったなら、鉄作りはどれほど楽だっただろうか……と思ってしまう。
玉鋼は日本刀を作るために欠かせない
鉄の純度が高くなければいけない理由は包丁や日本刀など、薄くても簡単に刃こぼれせず、錆びない強靭な刃を作りたかったことにある。現代で作られている鉄にはリンや硫黄などの不純物が含まれているけれど、たたら製鉄によって作られた鉄はその製造条件のおかげでそういった不純物が極端に少ない。特に、９９％の鉄に１％程度の炭素が混ざった最上質のものは玉鋼（たまはがね）と呼ばれていて、日本刀は基本的にこの玉鋼でしか作ることができない。原料自体すごいものを使っているという点からしても、日本刀の値段がめちゃくちゃ高いのは当然なのである（そういえば、「鬼滅の刃」アニメ第５話でもちょっとだけ出てましたね）。
奥出雲で復活したたたら製鉄とカミソリ刃
こんなエピソードがある。第二次世界大戦後、たたら製鉄はその製造のめんどくささと武器製造のためと目されたことから３０年ほど日本から姿を消していた。そうすると、鍛冶屋は刀剣をこれまでのように満足に作れなくなった。そこで、刀剣界は刃こぼれしない極薄カミソリを作りたかった製鉄会社とタッグを組み、奥出雲に生き残っていたたたら製鉄最後の継承者に「作り方を教えて欲しい」と頼み込み続けた。
本来、たたら製鉄は一子相伝で門外不出の技術だったのだけれども、最終的にはこの禁が破られるという形で、この技術は途絶えることなく無事継承された。そういった歴史的な背景があって、今の刀剣界とカミソリ刃というものがある。特に、カミソリ用の鋼材（ヤスキハガネ；ヤスキはおそらく島根県安来市に由来）は世界市場の４０％ものシェアを占めており、シックやジレットなどのグローバルメーカーの刃材にもそれが使用されている。
もし新型コロナ騒動が終息し、出雲大社をはじめとする出雲方面への観光をされる際には、奥出雲にまで足をのばしてたたら製鉄のロマンをたずねてみてはいかがだろうか ( 'ω' ).｡oO( 個人的にすげぇ行きたい
「ためになるわ」と感じて頂ければサポートを頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。