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MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店に別れを告げてきた

2023年1月31日、渋谷の東急百貨店本店営業終了に伴いMARUZEN&ジュンク堂書店が閉店する。

本来なら最終日に訪問し、多くの書店フリーク達と哀惜の情を共有すべきだろう。しかしかなりの混雑が予想されるのと、珍しいことに31日は朝からスケジュールが埋まっている。

そこで少し前倒しではあるが、金曜日の昼、ひっそりとお別れを告げにいくことにした。

渋谷で働くようになって8年ほどになるが、そのあいだにこの街から書店が消えるのは2軒めだ。

1軒めは文化村通り、第一勧銀ビルの地下に入っていたブックファースト。

いまの会社に勤めはじめてからしょっちゅう通っていた。ブックファーストの店はどこも同じトーンで居心地がいい。シンプル・イズ・ベスト。専門的なことはよくわからないがおそらく計算され尽くしているのだろう。

それが2017年6月、こつ然と消えてしまった。

がっかりである。

跡地に入ったテナントは「遊べる本屋」ヴィレッジヴァンガードである。ぼくは本屋には本が置いてあるだけで十分なタチなので、ビレバンはあきらかに情報過多だ。

自然と足が遠のいていく。

この時点で当時事務所のあった並木橋からいちばん近い書店はマークシティにある啓文堂だが、いかんせん規模が小さい。スクランブル交差点にはTSUTAYAがあるが、本屋におしゃれを求めないし品揃えの偏りが気になる。

そこで残された選択として西武の紀伊国屋書店と、東急のMARUZEN&ジュンク堂書店ということになるのだが、そのうちのひとつが消えてしまうのである。

街に知性というものがあるのかどうかはわからない。だがあるとするならばそれを担う、あるいは司るのは図書館、または書店になるはずだ。

渋谷の知性は甚だ頼りないものになりつつある。

閉店まで残すところ4日、ということもあり、すでに一階エントランスから賑わっていた。『GRAND FINAL SALE』と銘打ち、本店最後のクリアランスセール真っ最中である。

平日の昼などいつも混みあうほどではなかったエレベーターも満員。ごく自然の所作で7階を押すと、乗っている人たち全員が「あっ」という空気を醸し出す。

もしかして、とは思ったが、そのエレベーターの客は全員7階で降りた。ふだん閑散とまではいわぬともかなり空いているMARUZEN&ジュンク堂だがそこそこの客の入りだ。

ぼくはいつも通りビジネス書から文芸、雑誌と回ってふたたびビジネス書のコーナーに戻る。

広告本のコーナーを眺めながらあの本もここで買ったな、この本も…としばし思い出に浸る。しかし最近は欲しくなるような広告関係の書籍がないなあ、と誰ともなくつぶやく。

そうだ、と思い、あらためて文芸書へ。日本語、評論などのコーナーに足を止める。牟田都子さんの『文にあたる』は最近読んだ中でいちばんお尻を叩かれた一冊だった。

そういえば本の雑誌の目黒さんがお亡くなりになったんだ。でも、特設コーナーは設けないかもな…もう閉店に向かう店だからな。そんなことをぼんやり考えながら書棚を眺めていた。

そのとき、目に入ったのが坪内祐三さんの名前だった。

そうだ、記念すべき最後のMARUZEN&ジュンク堂なんだから、坪内さんの本を買って帰ろう。

我ながらグッドチョイス

そうして『東京タワーならこう言うぜ』を手に、レジに向かった。

4人ほど並んでいるレジの最後尾につく。ここは並んでいる間にも話題の新刊が目の前にあり、おいでおいでと誘惑してくる。

ああ、石原慎太郎の『絶筆』もいいな。中村計の『笑い神』は年末年始にたっぷり楽しんだ。奥田英朗の『リバー』途中であっちこっちに興味が飛んで、まだ読了していないんだった。それも許されるほどの分厚さだが。

「お待ちのお客様どうぞ」

レジを担当してくれたのは工藤さん。40代ぐらいの男性だ。名札に「雑誌」と書いてあるから雑誌担当なんだろうか。

「カバーだけお願いします」

ふと、工藤さんに「いままでありがとうございました」と声をかけてみたくなって、それはいかにもおかしいな、と思い、止めた。

新聞記事によるとMARUZEN&ジュンク堂書店のスタッフは別の店舗に移るか、退職するらしい。

工藤さんは、どっちなんだろう。

なんとなく、退職するんじゃないか、と思った。だけど、やめないでほしいな、と思い直すことにした。

2,500円の消費税10%で2,750円。3,000円を払って250円のお釣りをもらう。

なんでもない、いつもの感じで楽天ポイントもつけてもらい、ありがとうございました、とレジを離れた。

やや厚めのハードカバーの、坪内さんのその本をバッグにしまおうとしたとき、ふいにこみあげてくるものがあって、びっくりした。泣かないようにがまんした。

「クリスタルビュー」と謳われたエレベーターに乗るのもこれが最後である。

Bunkamura側のエントランスから松濤のほうに出た。空は重く曇っていて、いまにも雪が降り出しそうだった。

それにしてもMARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店の最後に買った一冊が坪内祐三さんの『東京タワーならこう言うぜ』って、我ながらシブいな、と思いながら、3本のテープ起こし作業が待つ神泉の仕事場に戻った。

記念のレシート。破れたのでテープで修復

さようなら、MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店。さようなら。


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