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【広告本読書録:021】求人広告半世紀(完結編)

監修:天野祐吉 編:リクルート

ナメてました。1300点以上の求人広告を。「こんなんサクッとまとめて終わるんじゃない?だって求人広告でしょ」…そんなふうに安易な気持ちでスタートしたこの書評。結果、惨敗です。今回でなんと!驚きの連載4回目

求人広告に興味もなければ関心もない、ごくごく普通の読者のみなさまには本当に申し訳ない。いくら読みたいことを書けばいい、と田中泰延さんに背中を押されたからといって、あんまりですよね。

しかし、ぼくは求人広告を愛し、求人広告に愛された男。これだけは、この企画だけはやり遂げなければ!ジャスティーーーース!と鼻息を荒くしてしまったのです。中編で終わらないことがわかったぐらいのタイミングで。

なので、本当にすみません。今回で本当に終わりますけん。お付き合いください。次回からまた一般の広告本に戻ります。

そういえば大森のブックオフで『TCC広告年鑑』が何冊か売ってまして、どれも1500円ぐらいだったんですね。あまりに重いから買わなかったんですけど。で、この『求人広告半世紀』密林書店で1000円より、でした。かたや広告業界ど真ん中のTCC年鑑。こなた広告表現のチベットといわれる求人広告半世紀。にしては遜色ない値段がついているな、と思いませんか?

バブルの時代の求人広告

さて今回は、いよいよこの本が発行された1991年に極めて近い年代である1980年~1990年の求人広告の中から「これは!」というものをピックアップしてご紹介します。

とうとうきましたよ、夢の80年代。いまの20代、30代前半の方からは考えられないかもしれませんが、とにかくキラキラと日本が輝いていたのが80年代です。特に80年から86年まではバブルと呼ばれた超好景気

サラリーマンの肩パッドは年々大きくなり、それにあわせるかのように襟はどんどん鋭角に、そしてネクタイは極限まで細くなっていきました。ギャルの服装はパステルカラーが中心で、ボディコンシャスという体の線がくっきり出るセクシーなワンピースばかり。それで夜な夜なディスコ(クラブに非ず)に出没してはお立ち台でヒュイヒュイやってました。

株価は天井を知らないかの如く上り調子。土地の価格も一晩で何倍にも。あっちこっちで地上げが起こっていました。土地成金なる新たな富裕層も生まれましたね。そんな好景気に支えられて日本の企業が海外の美術品を買い漁ったり、ビルや不動産をゲットしまくったり、もうこの先もずっとずっと経済は右肩上がりで、明るい未来しか待ってない。そんな社会だったんです。

本当に、世の中全体が天然色で彩られていて、将来への不安なんてこれっぽちもなかった。みんなが、一流大学を目指して勉強し、一流の会社に入って、大きな家と外車、そして美人の奥さんとセントバーナード的な犬を飼って、家族揃っての海外旅行は最低年3回。息子は小学校から私立に入れて、将来は子供の稼ぐお金年金、そして莫大な退職金で悠々自適なセカンドライフを…という夢を真剣に追いかけていました。

もう一度いいますが、結構な勢いでほとんどの人が同じ夢を見ていました。そういう時代だったのです。そんな社会の求人広告は、さて、どんな世相を映し出しているのでしょうか。

アイディアのある求人広告

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この名刺に、あなたの名前を入れてみませんか。/京セラ株式会社

まったく日本人っていまも昔も名刺が好きですよね。人によっては重要なビジネスツールだ、っておもっている。まあ、そういう面がないともいいきれませんが個人的には名刺に書いてある会社名や肩書で仕事するヤツとは仲良くなれないですね。ま、そんなぼくの仕事哲学はどうでもいいとして。

名前の欄だけが空白の名刺がずらり。部署や肩書が違うものが6枚並んでいます。求職者はここに、自分の名前が入ったら…と想像する。そして合コンでモテる自分を想起する。彼女もできる。故郷の親も安心させられる。同期の悪友にも自慢できる。社会的承認欲求を満たしてくれそうです。それをカラ名刺で表現するというこのアイデア、なかなか憎いです。

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野心分子、いざいけ経済新聞社。/日本経済新聞

天下の日経新聞がリクルートブックに掲載した求人広告。ゲラの校正でしょうか。一般人にはよくわからない校正記号がバッキバキ入っている文章です。興味深いですよね。よくわからないけど、興味深い。なのでつい、好きな人は読んでしまう。そうすることでメッセージの到達率が上がる。うーん、これ、なかなかの知恵者ですよ。ってぼくも同じアプローチ、昔やったことありますけどね。日経新聞がやるっていうのが、すばらしいです。

きっと企画書には「お固い日経新聞のイメージを大きく変えて、学生にアピールしましょう!」と書いてあったはず(笑)。時代的にはもしかすると、ぼくの師匠、竹内基臣さんの手による「諸君、学校出たら勉強しよう。」とかぶっているかも知れません。そうか、でも最近も「日経電子のバーン!」とかやってるから、日経新聞って昔も今も「ぼくたち結構お固いって思われているけど、そんなことないんですよ」ってブランディングやってるのかもしれない。

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キヤノンは8月5日から16日間、夏季休暇に入ります。/キャノン

就活(この時代は夏でしたね)まっさかりの学生に「すみませんね、あなたたちが志望するキヤノンは夏休みたっぷりなんです。なんで、その間、問い合わせとか資料請求の対応が遅くなっちゃうかもしれません」と、一見あやまっているようで実は「どうよ、こんなに休んじゃうんだぜ俺たち!ヘヘン!」みたいな自慢がうすーく匂ってくる。

これ、ちょっと真相はわからないんですが、もしかしてキヤノン側からのオリエンというか課題認識が「今年の夏季休暇、社内カレンダーでいくと16連休になってしまう。学生への対応が疎かになってしまうのだが、どうしたらいいのだろうか…」というガチの採用課題だったら、ぼくは諸手を挙げて万歳三唱します。グッドソリューション以外のなにものでもない。

ぼくは、すべての求人広告は「採用課題の解決」が起点であり「その広告に関わる人がみんな幸せになること」がゴールである、とおもっています。その観点からみて、この広告が軽佻浮薄なクリエイターによる「なんかこんな感じのアプローチ、おもしろくね?」みたいなところから生まれたのだとしたら唾棄すべきゴミですし、そうじゃないことを祈りたいので取り上げた次第であります。

ま、ぼくは基本的に性善説の人間なので、ナイスアイデア、グッドソリューションと褒めたたえます(だったら余計なこといわんでよろしいがな…)。

コピーがするどい!求人広告

この時代、まさにコピーライターブームまっさかり。どこかの回でも書きましたが、糸井・仲畑・川崎の三人衆に影響を受けたワカモノがどどどっと広告の世界に入っていきました。もちろん、そんなヤングのすべてが電通や博報堂、東急エージェンシー、旭通信社、読売広告社、大広、第一企画、萬年社、内藤一水社(入りたいか?)、白クマ広告社に入れるわけもなく。

あ、上の代理店のラインナップみて思わずニヤけたあなた!あなたは確実に40代、下手したら50代以上ですね。

そういう大手代理店の会社説明会、あるいは一次選考で落とされた輩たちが「コピー一行100万円ガボー!」の夢を諦めきれずにわらわらと群がっていったのが、リクルート系制作畑でありました。そのへんの細かい需給バランスについては以前の書評に書いてありますんでそちらを参照されたし!

そうなるとにわかに活気づく求人広告表現の世界。なかなかの才能の持ち主が能力を発揮し、開花し、とっとと求人広告に砂をかけて一般のアドバタイジングに流れていってしまうのでした。チャンチャン。

ぼくとしてはいい歳こいて求人の世界に戻ってきた変り種だったので、この業界の不文律というか動かぬ流れを変えたい!とおもってがんばっていました。しかし、力及ばず…いや、いまでも諦めてはいないのですが、しかし…という悶々とした日々を送っているのも事実です。

それはさておきこの時代、求人広告の中にもキラッと光るコピーが散見されることになります。

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日本語と英語を国語とする/東京ディズニーランド

ディズニーランドが日本に上陸したときの、キャスト募集の新聞広告です。このコピーが生まれるまでのプロセス、どっかで読んだ気がするけど…忘れちゃったなあ。また思い出したら追記するか、その本を紹介することにしますね。

このコピーの上手いなあ、と思わせるところは、まず学生対象であることが間接的に、しかしバッチリと伝わってくること。「ディズニーの建国に参加しないか、大学生諸君」と押さえのコピーに書いてはありますが、この「大学生諸君」の5文字がなくとも、これは学生向けだな、とわかります。

遊園地でバイトしたからって遊べるわけじゃないし、むしろしんどいことのほうが多いんじゃないでしょうか。でも、この広告からは、夢と自由の国、アメリカからやってきたビッグエンターティメントの一員として、これまでの日本では味わうことのできなかった素晴らしい体験ができそうな気がします。ついでに英語にも強くなれそう…というのはいささかおっちょこちょいな感想ですかね。

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サラリーマンという仕事はありません。/西武セゾングループ

さすがバブルですね。求人広告を新聞で(さっきのディズニーも新聞ですが)しかも全15段で、しかもコピーライターはあの糸井重里さんですよ。

糸井さんと西武といえば「不思議、大好き。」「おいしい生活。」が有名ですよね。他にも「いてもいいし、いてほしいとおもう。」とか「いま、どのくらい“女の時代”なのかな。」とか、マニアックなところを探っていくとびっくりするぐらい多くの作品を手掛けているんですが、とはいえ、まさか求人広告まで手掛けるとは!

しかし、さすがとしかいいようのないコピーワーク。もうふつうの求人広告コピーがぶっとんじゃうぐらいのコンセプトワーク。このコピーをもってこられると、したり顔の求人ディレクターがいきがってクチにする「どの会社の求人でもいえるコピーはダメなんだぞ」という根拠のない思い込みがいかに求人広告を狭苦しく、面白くないものにしているかがわかりますよね。

サラリーマンという仕事はありません。そうだよなあ、たしかになあ。糸井さんは大衆の人の心の中にあるもやもやした、でも言葉になっていない想念のようなものを表現するプロだとおもっていますが、まさにこの「サラリーマン…」もそのひとつ。

このコピー一発で西武グループで働くことの期待感はもちろん、そうじゃない人、たとえば毎日の仕事で疲弊している人や、なにかこう仕事に充実感を得られていない、燃え尽きたような人にも勇気を与えてくれるんじゃないか。また明日からがんばってみようという気持ちにさせてくれる。そんな力を持っている言葉だとおもうのです。

こんなふうに、ぼくはいい求人広告のコピーというのは、そこに入社しようとする人だけでなく、その会社で働く人、その会社を知ってるだけの人、その会社と全く無関係な人にまで、倍音のように良い影響がひろがっていくものだ、と常日頃から考えています。ターゲットはだいじ。だけどターゲットだけにわかるもの、というのはいかがなものか。ターゲットにはすごくわかる。ターゲット以外のひとにも、いい感じで伝わる。そういうものを追求していってほしいな、とこれから求人広告に携わる人たちに期待しています。

求人メディアに載った求人広告

ここまでは比較的媒体のことは意識しないで取り上げてきました。と、いうのも戦後からこっち、求人広告が載っかる主役が新聞だったからです。それを大きく変えたのが、リクルートです。はじめに東大新聞からスタートし、リクルートブック、そして数々の求人専門誌を立ち上げていきました。フロムA、とらばーゆ、B-ing、ガテン…この求人広告半世紀が刊行された数年後にはリクナビ、さらにデジタルB-ingからリクナビネクストへ。そのあたりのことを書こうとすると軽い目眩がするので控えますが、このバブルの時代はリクルートの求人誌が本当に元気いっぱいだった頃です。なので『半世紀』にもちょくちょく出てきます。

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将来と健康を考えて市場にしました。/有限会社吉川青果

これはB-ingの前身、就職情報という求人媒体ですね。当然、紙しかない時代です。市場の仕事、みたいな肉体労働、いわゆるブルーカラーってのが若手から敬遠されはじめたのもこれぐらいからじゃないでしょうかね。一方でモーレツからビューティフルへとかいわれたにも関わらず、ぜんぜん美しくない実情のホワイトカラーが過労死とかストレスとか自殺とかとセットで語られるようになった時代でもありました。

そんな人生の落伍者のレッテルを貼られてエリートコースから蹴落とされてもしがみつくのかい?サラリーマンに…というメッセージがこの広告には込められています。シリアスになりすぎないよう、手書きで書かれた損益対照表みたいな図。左にホワイトカラーの典型的なネガティブ面、一方右にはこの吉川青果に入ると得られるであろうとてもポジティブな面が比較されて描かれています。

この手法、ぼくも過去なんども使いました。わかりやすく比較でき、ターゲット人材の思い当たるフシに刺しにいく、という戦略です。そしてわりと効果良かったです。

でもぼくがここで取り上げた理由はそこではありません。小さいので読みにくいのですがぜひ広告右端のデータ欄「担当者より」を読んでみてください。ものすごく正直に、まっすぐ語っています。いいことはそのまま、そうでないことも包み隠さず書いています。ぼく、こういう広告主あるいは制作者のスタンスが大好きなんです。

ともすれば綺麗事でお化粧しがちな求人広告。そんななかに、多少不器用でも本当のことを生の声で語っている広告があると、それは効果がでるのもうなづける、とおもいませんか?

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キャッチなし/TSUNOBUE角笛

「広告は文学だ」この意見、賛成反対まっぷたつに分かれるとおもいますがありっちゃあありな定義ですよね。では「求人広告は文学だ」はどうでしょう。ぼくは、ありだとおもいたい。それは、このTSUNOBUEのような、小さくも粋な広告がごくまれに、ほんとうにたまに、すごく奇跡的に存在するからなんです。

角笛は26年前にできた荻窪の小さなバーです。どんな想いでつくられたんでしょう。その経緯を知る由はありませんが、たくさんの常連さんで賑わったであろうお店であることは、誰からも聞いてませんが間違いない、と確信を持てます。この広告を出した主は、ママの旦那さんでオーナー。募集は「カウンターバーの経営」おや?スタッフじゃない。バーテンでもない。

そうです。常連さんからも、ご主人からも愛されたママは他界してしまったのです。

そんな失意のどん底のなか、このバーを残したい、続けていきたいという旦那さんが、一緒にお店を経営する仲間を募集するのがこの求人広告でした。ともすればしめっぽい話になりがちな訴求内容を、沢野ひとし調のイラストと手書きのコピーがやわらかく伝えてくれます。

同席はありません、という募集要項からは、おや、女性を求めているのかな、とオーナーの意向が伝わってきます。いい人が応募してくれるといいな。前のママ以上とはいわないけれど、同じぐらいの人気者になってくれたらいいな。そして、そして、何度目かの春に、オーナーと一緒になってくれたら…

これはもうあなた、立派な文学じゃないですか。

時代と心中した求人広告

最後にご紹介するのは、リアルタイムでその広告を見ていて、さすがにこれはどうなの?とおもわされたものをひとつ。当時、好景気に浮かれてとにかくなんでもかんでも「軽薄」な時代でありました。「軽チャー」なんていわれて、固いもの、まじめなもの、真剣なことは恥ずかしいとすら。そんな時代に逆行するような鉄鋼を生業とするお硬い会社が打ち出す広告がこれ。

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ど~する。/住友金属

たぶんようつべなどを検索してもらうと出てくるとおもうのですが、バブル期の住友金属は元祖不思議ちゃんである山瀬まみを起用。「やわらか頭してます」というキャッチフレーズにかぶせるかのような山瀬の舌足らずな「シュミトモキンジョク」という社名読み。当時このCMを見たぼくは、さすがにこれはないだろう、とおもったものです。

その後のことは、もういわずもがなでしょう。やはり、あれはなかった、という結論に至るわけです。いま世の中のミドル層を悩ませているウィンドウズ2000(窓際族で会社来て一日中本読んで定時で帰るのに年収2000万円。ほんとうにいるんですよ、ほんと!)たちはこういうコマーシャルを見て大手優良企業にドカドカ入社していったわけです。しょうがないですよ、こんな広告でひっぱられていった連中なんですから。

だからぼくの同世代が「バブル世代は本当に使えないなーっ」って言われるのは仕方ないし、ホントそうだなともおもいます。でも、それを言うのが下の世代なら許せるんですが、ぼくらより10歳以上、いまの65前後の世代が言うのはちょっと違うだろう?って。お前らがそうしたんじゃないのかって。

そしていまの若手に対してため息ついちゃうそこのあなた!もしその若手へのため息がネガティブなものだとしたら、それはあなたにも責任の一端があるんですよ(と自戒をこめていいたい)。

ほんとうに、求人広告は時代を写す鏡である、とあらためておもいます。長らく4回にわたって連載となってしまった『求人広告半世紀』ご精読いただいた読者のみなさまには御礼申し上げます。画像が入手できないことからスマホで撮影したものばかりで、一部、っていうか全部お見苦しい箇所だらけで申し訳ございませんでした。

ようやくこれにて完結、でございます。次回からはまた、一般的な広告の本についての書評を行ってまいります。引き続きよろしくお願いいたします!

(このシリーズおわります…つかれた…)

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