二兎を追うものはit's too late.
求人広告を作っているとほぼ100%の確率でぶちあたるのが、クライアントからの困っちゃうオーダーです。
その種類は実にいろいろあって。
「もっと夢があふれるような感じに」
「世界中の優秀人材が集まるアプローチを」
このあたりは冷静に考えるとくるってんねとしかいいようがない。
「見たことのない求人広告つくってよ」
「法律に触れない嘘はついていいから」
もうどぉなっちゃってんだよを歌いたい。岡村ちゃんになりきって。
この手の“どっから飛んでくるのかわからない”おかしな注文は、今日もおそらくどこかの求人広告制作者を悩ませていることでしょう。
そして、そこまでのおかしさ(そしてかなしみ)を感じないからか、割と営業サイドではスルーされがちなおかしなオーダーの代表格として、本日わたしがまな板の上にのっけようというのが
未経験者も経験者も同時に採る!
と、いうもの。
いや、これだけを見れば特に問題はありません。未経験者採用の求人広告と経験者採用の求人広告を同時に掲載すればいいんですから。
でもそうではない。
一つの求人広告でどっちも採りたい
よくばりクォーターピザーラお届けなのであります。タケル君も好きだけど、涼真君も忘れられない。と、まあ言ってることはそういうことですよね。あきらかにおかしいのにこのようなフタマタ原稿があちこちで見受けられます。
ん?
なにがおかしいかわからない?
ではぜひ最後までお付き合いくださいませ。
気持ちはわからなくもない
これ、気持ちはわからなくもないんですよね。このオーダーが生まれる背景には以下のような気分が含まれていると思うんです。
未経験者と経験者の同時募集って何が悪い?
どうせ出稿するなら効率よく採用したい
経験者に絞ると応募者が減るのが嫌だ
そりゃそうですよね。わかります。実際に過去、求人広告メディアが雑誌の形態を取っていたときなど割と普通に未経験者と経験者を同時に募集していたものです。
ひどいときは一つの広告でいくつもの職種を募集していたりして。でもそれがまかり通るには理由があるんです。
それが紙という媒体の特性。雑誌だけにパラパラとページをめくっている中で「出会い頭」ともいえるマッチングが確かにありました。
しかしそれってかなり確率としては低いというか神頼みに近いものでもありました。平和な時代だったといってもいいかもです。
でも、求人情報の主戦場が紙からネットに完全に移行したいま。残念ながら各媒体ともマッチング精度の高さを求人広告媒体の生命線に据えようとしています。
求職者がいかに自分の希望に沿った(と思われる)募集情報に、手間なく最短で出会えるか。ここに全リソースを注いでいるのです。
つまり、ライターの経験を持っていない人には、ライティング未経験者でもOKの募集情報にアクセスできるようにする。逆にライター経験を持っている人にはレベルの差はあれど経験者募集の情報にアクセスできるようにする。
そうすることで、ミスマッチを防ぐとともに、求人企業と求職者双方にとって「使ってよかった」サービスとなることを目指す、というのが主に中途採用を目的として求人サイトの本質的な価値なんです。
当然といえば当然な話
当然のことではありますが、その職種の未経験者が求める、あるいは理解できる、はたまた“刺さる”情報というものがあります。そしてそれは、その職種経験者からすれば、さほど必要のない情報である場合がほとんどです。
その反対もさもありなんで、経験者には経験者にのみ刺さるネタがある。求める情報も目線が一段も二段も上だったりする。もちろん未経験者にはナンノコッチャな話だったりします。
ことほど左様に、属性によって欲しい情報が異なることは、先述した求人サイトのマッチング精度を高める上で非常に重要な事実。
しかも現代人が一日に得る情報は江戸時代の一年分とか、平安時代の一生分なんて言われています。そんな情報洪水の中で自分が求めていない情報をどれどれ、どんなもんかな、なんて吟味する余裕はありませんよね。
ところが求人広告を出稿しようという企業や、あるいは出稿してくださいお願いシャス!と申込書の回収に血道を上げる求人広告営業マンはなぜか自分とこの求人広告だけは色んな人に読んでもらえる!未経験者にも経験者にも読んでもらえるゥ!とそこにシビれる憧れるのであります。
そんな馬鹿なことってないですよね。
身内から刺されるという喜劇
面白いのは求人企業の思惑と求人広告サイトの思惑が相反するだけでなく、求人広告サイト側と、肝心のそれを販売する営業マンとの間でも思惑が相反するところにあります。
サイト運営側あるいは開発側、つまりサービス提供側はあくまでマッチング精度の高さを追求あるいは死守しようとします。あたり前ですよね。ある意味プロダクトの生命線ともいえますからね。
でも最前線で売上を獲得している営業マンは、そうじゃないんです。頭ではわかっていても体が…というか行動はクライアントに寄り添っちゃうんですよ。そうしないと発注がもらえないから。
そんな現場の営業マンに「お前なあ、求人サイトの本質というものはだな…」という正論は通用しません。長い目で見るとブランド毀損にもなるし、自分たちの首を締めることになるんだよ、と説いたところで彼ら彼女らはそこまで長居をしようとはハナから思っていないのが涙を誘います。
しかも営業マンの最初の教育はいかに売るかです。教育だけでなく評価も全ていかに売るか、いくら売るかに終始します。それなのにサービスの本質を身にしみさせようものなら「欲しいと思っていない客に売ることはできません」というような論点のズレたエクスキューズをかまして営業活動そのものがスタックしかねません。
かくして、クライアントの強い意向とその要望に寄り添う営業の思惑がタッグを組んで、未経験者と経験者募集が混在する求人広告が生まれるのでありました。
おかしみ、やがてかなしみ
未経験者と経験者の募集が混在している原稿の特徴は以下の通り。
検索条件は「未経験者歓迎」にチェック
応募資格欄は「未経験者歓迎」と「経験者優遇」併記
訴求ポイント、仕事内容は未経験者向け
給与額は未経験者に適用される金額
給与例に異常に高い金額(経験者向け)を提示
非常にいびつな設計の求人広告に仕上がります。それぞれなぜそうなるかを端的に解説しますと…
検索条件を未経験者歓迎に設定するのは、未経験者を広く集めるためには当然の行為です。ここにチェックを入れないと未経験者は求人を見つけることもできなくなります。このとき経験者の存在は無視されることに。
応募資格欄はどの媒体もルールが敷かれていて、検索条件に未経験者歓迎をチェックした場合、冒頭に『未経験者歓迎』と明記する必要があります。なので未経験者歓迎と書いたその舌の根も乾かぬうちに経験者優遇、と差をつけた表記をします。つまり未経験者は歓迎されこそするが優遇はされないわけですね。
その募集の魅力をPRする訴求ポイント、俗に言うキャッチやボディコピー、そして仕事内容はあくまで未経験者にリーチするよう作られます。ここを経験者向けにすると未経験者には何が書いてあるのかサッパリ…ということになりかねません。
いちばん悲しいのが給与額の欄です。提示できる給与額は未経験者歓迎として掲載する以上、未経験者に支給される最低支給額を書かなければなりません。これは法律でも決まっています(職業安定法第65条)。
だから経験者優遇とか言っておきながら給与でどこまで優遇してもらえるのかわからない。その状況をかいくぐろうとした結果「給与例」に経験者向けの給与額を羅列する、という愚策に出るわけですね。
ここまでくると、その悪知恵と悪巧みをなんとか正しい方向に使ってくれんかね、という気持ちになるから不思議ですよね。
ぎゅわんぶらあ自己中心派
こういった求人広告が依然としてなくならないのには、何か理由があるはず。これはあくまでも仮説なんですが…
そこそこ未経験者で母集団形成ができる
たまに浅い経験者からも応募がある
ごくまれに経験者から応募がある
そうやって考えると経済合理性の観点からいっても同時募集原稿にすべきだと思う人がたくさん出てきてもおかしくないですよね。目を三角にして未経験者と経験者をきちんとわけようよ!なんて言ってるほうが逆にアナクロというか。
だけど、そんなギャンブルっぽい効果に薄く期待していていいのか。
そんなことでクライアント側に正しく経験者を採用するフローと難しさを理解していただくことができるのか。そんなことで営業マンも制作マンも正しい広告づくりのスキルを身につけられるのでしょうか。
無理ですよね。
それどころか、そんなことばかりやっているからいつまで経っても求人広告はミズモノだ、なんてそしりを免れないわけです。経験者採用は採用単価が震えるほど高い人材紹介に流れていってしまうのです。求人広告サイトのデータベースの質的地盤沈下が止まらないのです。
本来あるべき求人広告の姿とは、採用したい人材を狙って広告を作り、狙い通りの人材から応募を獲得し、採用に至るものであるはずなのに。
求職者の気持ちを考えてみる
思うに、この手の求人広告が生まれる根底には、情報の送り手側が求職者の気持ちを全く考えていないことがあるのではないかと思います。
全員が、というわけではないでしょうが、前述の求人広告を目にしたときに多くの求職者は以下のように感じるんじゃないでしょうか。
経験者の場合、給与があわないと感じる
経験者の場合、仕事内容に魅力を感じない
経験者の場合、募集の魅力が感じられない
未経験者の場合、採用優先順位が低いと思う
未経験者の場合、採用条件に差が付くと思う
未経験者の場合、結局経験者優遇だろと思う
結局、きちんと求人広告に書いてある情報を読み取り、精査し、比較検討した結果応募する、という求人企業側が当たり前のように求める地頭の良さを持つ人材は、どっちつかずの求人には応募しないのではないのでは。
もちろんぼくだって世の中には経験を問わない募集があることも知っています。経験を問わないっていうか、経験者でもいいし、未経験者だっていいという募集ですね。いくらでもあるでしょう。
そういう問題ではなくて、ほんとうに意欲や適性を見て採用する。そんな募集があることは『日本仕事百貨』を見れば一目瞭然でしょう。
『東京仕事百貨』の頃から求人広告の良心としてリスペクトが止まらないのがこちらの『日本仕事百貨』です。働くことは生きること。まさにその本質に則った情報提供が目に眩しい媒体です。
この『日本仕事百貨』には経験、未経験で露出度合いが変わってしまうとか応募効果に影響を及ぼすといった仕組みを取り入れていません。
そういうところではない場所で勝負していて、潔いんです。
クライアントの要望やオーダーに応えること。それはビジネスである以上当たり前の行為でしょう。しかし、言葉を選ばずにいえばなんでもかんでも言うことを聞くのとそれは大きく異なるのではないでしょうか。
最終的には求職者の気持ちに立って、正直に、誠実に情報発信を行なうメディアと求人企業が生き残るんじゃないかな、と思います。それぐらいには世の中はまだ真っ当であってほしいです。
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