見出し画像

名古屋メシの逆襲〜The Return of the Ankake Spaghetti〜

名古屋メシ、という食文化があります。文化というよりB級グルメのひとつ、といったほうがしっくりくるかもしれません。

みなさんが名古屋メシ、という言葉を口にするとき、そこにいくばくかの嘲笑が含まれているようにおもうのです。おもうのですがいかがでしょうか。単なる被害妄想でしょうか。

しかし、やっぱり、どうかんがえても。

名古屋人以外のピテカントロプスエレクトスが発声する「名古屋メシ」からは軽い侮蔑のようなものを感じずにはいられません。

その証拠に見てください、名古屋メシの東京進出における惨敗に次ぐ惨敗を。もはや血塗られた歴史といっても過言ではないでしょう。

昭和の時代から名古屋っ子の胃袋を掴みつづけてきた「寿がきや」が高田馬場に存在したのは2004年から2006年までとたったの2年。

画像1

少し舌の肥えたナゴヤング(名古屋の若者の意)が大人の階段と位置づけるあんかけスパ。その最大のチェーン店「パスタ・デ・ココ」が新橋から姿を消したのも記憶に新しい。

画像2

「ステーキのあさくま」もかつて東陽町に1店舗あったのに気づけばスタコラサッサと消えている。台湾ラーメン「味仙」だっていつまでもつか怪しいものだ。23区内に味噌煮込み専門店はあるか?きしめんがメニューにあるうどん屋はあるか?志の田の作り方がわかる調理人は何人いるか?

とにかく定着しないというか、テクノポリスTOKIOの人々の味覚になじまないことで有名なのが名古屋メシなのです。そりゃ侮蔑の対象にもなるわな。

■ ■ ■

ここで筆者のもとに異論が届きました。

おみゃあさんなにをいっとりゃあすか、東京にもコメダがあるでにゃーか。

おっと、名古屋人からの叫びですね。しかし残念なことにコメダは名古屋メシが受けたから東京で成功したのではありません。あれはビジネスモデルがヒットしたのです。スタバもドトールも手をださなかったバミューダトライアングルみたいなところに偶然スポッとハマっただけなのね。

トッス!おっとこんどは矢文だ。
ふたたび筆者のもとに異論が届きました。

とろいこといっとるなて、ココイチはまあはい全国区だがや。

またもや名古屋人からです。やれやれ。ココイチも特に名古屋メシではありません。カレーはココイチの前に西城秀樹が林檎と蜂蜜とともに全国にひろめたのです。ココイチが斬新だったのは辛さと量が選べること。そして山のようにバリエーションがあるトッピングがヒットしたんです。

だいたいカレーは名古屋メシである前にインド料理だろ。おこるでしかしほんまにしかし。

ことほど左様に不遇が続く名古屋メシ。しかし筆者はとうとう見つけてしまいました、名古屋メシ逆襲の狼煙を。

これなら大丈夫。これなら東京でも成功間違いなし。これなら名古屋メシの名前を文化のレベルまで押し上げてくれる。

それが名東区のイタリアンレストラン
オーニヨンのあんかけカルボナーラです


正確にはカルボナーラ(あんかけソース付き)であり、あくまで主役はカルボのほうです。またオーニヨンはあんかけスパの店ではなく、あくまでイタリアンレストランです。

読者のみんなたちはここのところを間違えないようにしなければならない。なぜか、ということに言及していくとおそらく1万字を超えるであろうから、それはまた別の機会に譲りましょう。

ここからは緊張感を持って読んでいただくために、です・ます調を排し、だ・である調でキリキリと勝負をかけていくことにします。

■ ■ ■

ある日、筆者は日課であるTwitterを眺めていて気になる投稿を発見した。

なに?カルボナーラにあんかけだと?いったいどんな味なんだ…?

ここでおさらい。あんかけスパとは名古屋メシの中でも特に象徴的なものである。つまり甘辛くて、濃くて、茶色い。この三拍子を見事に揃えているのだ。顔つきは先述の「パスタ・デ・ココ」の画像を参照してほしい。

名古屋でスパゲティというと鉄板ナポリタンが有名だが、それとはまた別の道を突き進んではや59年。来年生誕60周年を迎えるあんかけスパは出自が少しややこしい。

元祖は「そーれ」という店だが、そーれで独自のソースを開発した横井氏は2年後の昭和38年に独立。スパゲティハウス「ヨコイ」をオープン。さらにあんかけスパという呼称については「からめ亭」という店のマスターが名付け親で、昭和50年ごろから広まっていったのである。
(参考文献:『なごやメン』大竹敏之著:リベラル社)

ちなみに筆者にとってのあんかけスパのレファレンスは幼少期に父親に連れて行かれた「ヨコイ」のソースの味である。我が人生ヨコイ一択といっても差し支えない。

さらにもうひとつ付け加えると、カルボナーラだのペペロンチーノだのといった「赤くないスパゲティ」が名古屋に上陸したのは、平成になってからではないかと睨んでいる。少なくとも筆者が在住していた昭和61年までは見たことがなかった。

そして筆者がそれらの変わり種スパゲティを初体験したのは上京後であり、その感想は「なんだこれ…世の中にこんな旨いスパゲティがあるんか…さすが東京だがや」であった。

なかでも特にわたしの胃袋をつかんで離さず早や35年になろうとするのが、カルボナーラだ。生まれてはじめて食べたとき、この世のものとは思えないそのおいしさに悶絶した。恥を忍んでいえば失禁すらした。気絶して救急車で運ばれなかっただけでも儲けものである。

卵黄と生クリーム、そしてベーコン。パルミジャーノ・レッジャーノに仕上げの黒胡椒。すっかり舌がすれっからしになってしまったいまだからこそ、そんなふうに冷静に文字に起こせるが、当時の幼い味蕾にはドンときた。ズンときた。ぬるっときたのである。

そんな、幼い頃からのキングオブ名古屋味「あんかけ」と、上京後に出会った味覚の恋女房「カルボナーラ」が、ひとつになるとはいったい…

■ ■ ■

その存在をはじめてTwitterで知ってから2年と4ヶ月が過ぎたある日。

わたしはクルマを飛ばした。おりしも緊急事態宣言が吹き荒れる東京と愛知県である。しかしわたしにとっては不要不急ではない。いささか不謹慎かもしれないが有要有急なのだ。

東名高速道路から新東名経由で名古屋ICへ。高速を降りてから名東区の高針まではものの5分である。Google Mapsをナビ替わりに裏道をサクサク進むとそこにオーニヨンの看板が!

画像3

店の脇に駐車場はあるが2台分しかなく埋まっていた。はやる気持ちを押さえつつ、裏手にある西友高針店の駐車場に停める。東京では信じられないかもしれないが、名古屋では普通のことだ。

いかにも田舎のイタリアンレストランといった風情の店内に入ると、どこでもどうぞ、と優しそうなおばちゃんが。カウンターの中は厨房で、いかつそうなマスターがフライパンをふるっている。

筆者はテーブルでメニューを眺めるふりをしたが注文はもちろん決まっている。カルボナーラ、あんかけソース付き一択だ。

「カルボナーラ、あ、このあんかけ付きの…」
「はい、あんかけ付きのね」

ほどなくして出てきたのがこれ。

画像6

これが、2年半近く夢見たオーニヨンのあんかけカルボナーラである。

ふつうの、というか美味しそうなカルボナーラの周りをあんかけソースが囲んでいる。この時点では「白」と「赤」はまだ混ざり合っていない。

ひと口、食べてみる。まろやかでスパイシー。ソースが混ざるほどに「白」と「赤」が絶妙なアルペジオを奏でる。あまからしょっぱいが見事に溶け合った、予想を斜めから裏切られる美味しさである。

もちろん茹で加減はアルデンテ。ベーコンの塩気も味にアクセントを添えてくれる。まったくもって食べ飽きることのない逸品だ。

正確には測っていないが完食まで3分なかったとおもう。ひと口ごとに、神様どうかこのスパゲティを皿の上から消さないで…と懇願しながら食べた。しかし、何事にも終わりは来てしまう。

大盛りにすればよかった。いや、おかわりをするんだ。もう一皿ぐらい楽勝だ。

そこまで考えて、待て待て、ここで止めておけばまた次の楽しみ度合いが増す。グッとおさえてこそ大人だ。ここは確かに生まれ育った名古屋だがお前は18歳の頃のお前じゃない。52歳の初期高齢者である。なんならワクチン早めに打ってもらえるかもしれない、いい歳こいたオッサンだ。

「ごちそうさま」

どんな善人にも、あるいは悪人にも、レストランで食事を終えたらお会計が待っている。

筆者はおばちゃんに笑顔を見せつつ、しっかりとお礼を言った。すごくおいしいですね、カルボナーラとあんかけスパ。噂を聞いて東京から来たんです。びっくりするぐらいうまかったです。

おばちゃんはうれしそうにそうですか、珍しい味でしょあんかけの味って、と返してくれた。

そうか、東京から来たというとまずあんかけの珍しさから入っていくのも当然だな。「あんかけのことは知っとるよ」というセリフを飲み込んで、必ずまた来ますね、と約束しつつ1150円を払って店をあとにした。

厨房のシェフは背中を見せたままだった。せめてひと言挨拶したかった。

画像4

そしてクルマを停めさせてもらったお礼に西友高針店でヨコイのソースを買って帰路についた。

画像5

名古屋ではふつうのスーパーであんかけソースがふつうに売っています

断言しよう。このオーニヨンのあんかけカルボナーラこそ、東京人にも刺さるはじめての名古屋メシであると。オーニヨンのあんかけカルボを起点として、名古屋メシの華麗なる逆襲がはじまるのだと!

問題はこれをどうやって東京に持ってくるか、ってことだがや。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?