いつのまにか普通でない旅に出ることになった、いたって普通の人のお話

この休みで、第44代アメリカ合衆国元大統領バラク・オバマ氏の奥様である、ミシェル・オバマ氏の自伝を読んだ。

600ページもあるのだが、内容も翻訳もすばらしく、スラスラと集中して読めてしまった。

本書が世界中の多くの人から共感を得ている理由は、彼女の感覚や考え方が最初から最後まで「いたって普通」というところだとおもう。

ものすごくお金もちの家で育ったわけでもなく、子供ころから普通の家族で普通の親に常識的なしつけを受けて育ってきた一人の女性が、たまたまファーストレディーになってしまうのだ。

ミシェルさん自身は本書でこう書いている。

私は、いつのまにか普通でない旅に出ることになった、いたって普通の人間だ。そんな私が自ら経験を語ることで、他の人にも自分の経験を語って意見を発信し、誰がどんな理由でそこにいるのかが伝わっていく可能性が広がればいいと思う。

そんな普通の家庭で育った女性が、たまたま結婚した相手が大統領になってしまい、ホワイトハウスで暮らすことになる。

ホワイトハウスにまつわるエピソードパートは、オバマ家の「普通の感覚」を象徴する話がいくつも出てくるのだが、最初に引っ越してくるときのこの話は、バラク・オバマ氏のリーダー資質がよくわかる。

初めて知ったのだが、次期大統領は引っ越しと模様替えの費用として、連邦基金から一〇万ドルの予算を使えるらしい。
しかしバラクは、出費はすべて自分たちで賄うと主張した。著書の印税の一部を貯めていたので、それを使うという。
そういうところは、出会ったころからまったく変わらなかった。金銭や倫理的なことに関しては、とにかく自分に厳しい。法律の定めよりもさらに厳格な基準を自らに課している。
黒人コミュニティに伝わる古いことわざに、こんなものがある。「他人の二倍努力しなければ、他人の半分も得られない」
アフリカ系アメリカ人として初めてホワイトハウス入りする私たちは、黒人代表として見られることになる。ほんの些細な過ちや判断ミスも大きく誇張され、実際より重大なものと受け取られるだろう。そのことを、私たちは自覚していた。

ホワイトハウスに住むって、どんな感じ?

さて、ホワイトハウスはどんなところなのか?ミシェル氏さんに紹介してもらいましょう。

高級ホテルに泊まっている感じを想像すると近いかもしれない。ただし、その高級ホテルは他に客はいない。あなたとあなたの家族だけ。
そこかしこに生花が飾られていて、しかも毎日新しい花に取り換えられる。
大きくて高い窓には耐爆ガラスがはまっていて、セキュリティ上の理由で常に閉じっぱなしだ。建物内は塵ひとつなく清潔に保たれている。案内係、シェフ、ハウスキーパー、フローリスト、さらには電気技師に塗装工に配管工に至るまであらゆるスタッフがそろっていて、その誰もが礼儀正しく静かに部屋を出入りする。なるべく目立たず控えめに振舞い、あなたが部屋を出るのを待徴ってから、さっとタオルを替えたり、べッドサイドの小な花瓶に摘みたてのクチナシの花を飾ってくれたりするのだ。
居住階には、ここに暮らす私たち五人それぞれに専用のバスルームが一つずつ、さらに予備のバスルームが一〇室あった。私は自分用のクローゼットどころか、クローゼーットとひと続きの化粧室を自由 に使うことができた。

こんなふうに暮らせるのがどんなに恵まれたことかはよく理解していた。

このように今までとは大きく異なる生活が始まっても、ミシェル氏は「普通」であることを維持しようとする。とくに二人の娘を「普通」に育てることにおいては、必死に努力している様がひしひしと伝わってくる。

ほんとうなら、少しぐらい恵まれた環境に浸ってもよいものだとおもうが・・・。ミシェル氏はそうならなかった。そうしなかった。

なぜなら、自分たちはこんなに恵まれた生活を送れる理由をはっきりと認識できていたいたからだとおもう。

真実を突き詰めれば、この恵まれた環境において、私と娘たちは「おまけ」に過ぎない。私たちは、バラクに与えられたさまざまな恩恵の分け前にあずかっているだけだ。私たちが大切にされるのは、私たちの幸せが彼の幸せに直結しているから。
私たちが保護されるのは、私たちの安全が脅かされると彼の明断な考えと国を導く力が脅かされるから。
ひとえにそれだけだ。ホワイトハウスはたった一人の人間の福利と効率性と総合的な力を最大化するという明確な目的のもとに運営されている。たった一人とは、大統領だ。 

このように、自分たちがホワイトハウスに住める理由をきちんと認識し、娘たちにも生活の基本的なところは、いままでと同じであることを徹底する。

私は自分なりにホワイトハウスの慣習を変えようと試みた。
家事担当のスタッフには、我が家の娘たちはこれまでシカゴの自宅でそうしていたように毎朝自分でベッドメイクをします、と伝えた。(娘達)マリアとサーシャにも、今までと同じように振る舞いなさいと言い聞かせた。
つまり、誰に対しても礼儀正しく親切に接して、どうしても必要なものや自分では難しいこと以外を他人にしてもらうとしないようにと言ったのだ。

夕食の時間にも帰ってきてくれるようになった

この本に登場する旦那様、バラク氏は若い頃からワーカホリックで明らかに働きすぎである。しかも出張がおおいのでの連続、家族との時間がほぼないのである。そのような人間が大統領になれば、言わずもがな、家族は崩壊するんではないか?と読みながらドキドキしたのだが、ホワイトハウスに住むようになって思いがけない変化が起きる。

(バラク)夕食の時間にも帰ってきてくれるようになった。
これは私と娘たちにとって、ホワイトハウス入りに伴う思いがけない嬉しい変化だった。シカゴに住んでいたころは、上院議員として遠くで働き、しかも高官の選挙応援のためにしょっちゅう遠出する父親を待つ日々だった。
それが、アメリカ合衆国大統領となった父親とともにホワイトハウスに住まう日々に変わったのだ。 彼の生活は以前よりも規則正しくなった。おかしいのではないかと思うほど長時間働くのは相変わらずだが、夕方きっかり六時半には必ずエレベーターに乗って上階に戻り、家族と一緒に夕食をってくれる。
そしてたいていは、夕食後すぐにまた大統領執務室に戻って仕事を続けた。おかげで、我が家はようやく父親と一緒にいられるようになった。

ホワイトハウスでの暮らしはお金がかかる

勝手な思い込みで、大統領になってホワイトハウスに住むにはまったくお金がかからないと思っていた。しかし!基本的な生活費以外はなんと自腹という衝撃の事実を知りました。

ここでの暮らしには相当お金がかかるということだ。
確かにホワイトハウスに家賃はないし、水道光熱費やスタッフの人件費も自分たちで出しているわけではない。ただし、その他の生活費は自費で、しかもこれがあっという間にかさんでいく。すべてが高級ホテル並みの水準となればなおさらだった。食料品やトイレットペーパ ーといった細かな日用品を列挙した請求明細書が毎月やってくる。お客を泊めたり夕食をともにしたときは、その分の費用もこちら持ちだ。
しかも調理スタッフはミシュラン· レベルの腕を持ち、大統領の舌を満足させることに深い情熱を抱く料理人たちだ。たとえばバラクが何の気なしに、朝食に出ためずらしい果物や夕食の鰭をおいしいと言ったとする。すると調理チームはすかさず、その食材を毎日の献立に取り入れるのだ。その食材が外国から法外な価格で取り寄せられたうしてあとになって請求書を見たときに初めて、高級品だとわかったりする。

さいごに

どんな業界であれ、社会で何かしらの仕事に就いて生きていくには、仕事の処理能力や頭の良さより、集団生活で基本的なことをやれることのほうが大事だったりする。

(一部特殊な才能がある人は除く)

「基本的なこと」とは、接するひとに敬意を払う、時間・約束を守るとか、当たり前のことを指す。だが、中には権力や地位、名声を手に入れた途端に基本的なことができなくなる人が沢山いる。

芸能界をみていても、あまりおもしろくなくても、長く業界で生き残るひとがいるし、尖っていてやがて消えていく人がいる。 おそらく、前者は周りからチヤホヤされるようになっても、普通に社会で生きていくための基本をやり続けられているんだろう。

そういう意味では、たまたま旦那が大統領になって、生活が一変しても、常に「普通であることを意識し」、冷静さを失わず子育てをしながら自らを律し、キャリアを磨いていくミシェル氏の姿勢はほんとうに素晴らしい。

今日はそんなミシェルの生き方を象徴するような言葉で締めくくりたい。

他者を知ろうとし、他者の意見に耳を傾けることは美しい。
人はそうやって前に進んでいくはずだから。

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