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ショートショート 湖

*はじめに
このショートショートはフィクションです。

私はその油絵をどこで見たのか、
覚えていない。

暇を持て余して、ぶらぶらしているとき、
ふと、入った画廊でその絵を見た。

画廊の人から描いた人の名を聞いた気も
するけれど、覚えていない。

大きな絵で、壁一面をその絵が占めている。

「湖」という題名。

タッチのせいなのか、配色のせいなのか、
湖というよりは、どちらかというと
沼のようだ。

空が青々としているのとは対照的に、
湖の色は黒ずんだ緑色をしていて、
見ていると引き込まれそうな色をしている。

絵の中央あたりに白い建物が描かれており、
黒ずんだ窓に何かが潜んでいるかのようだ。

私はしばらくその絵から離れる事が
出来なかった。

夏休みに入っても、どこにも行かないので、
どこかに行きたいと言い出した家族を連れて
僕は車で1時間くらいの場所にある滝を
見に行った。

車にはナビが付いていて、僕の知らない場所
にも案内してくれるので、道を間違える
はずはないのだけど僕はよく道を間違える。

このときも、もう少しで滝のある場所に
つきそうなところで、道を間違えた。
山の中で道を間違えると、引き返すことが
できない。

家族に怒られながら、とりあえず引き返せ
そうな場所まで走ると、とある湖の看板が
出てきた。

まさか、湖まではいかないよな、と思いつつ
車を走らせてると、どこまで走っても
引き返すことができない。

結局、湖についてしまった。

そこで僕は驚いた。

道路のカーブの入り口に、小さな駐車場が
現れたと思いきや、湖が目の前に広がっている。

小さな湖はドロドロの緑色をした水の色と、
うっそうとした森と、湖の中央付近に遠目
に見ても廃墟とわかるホテルのような白い
建物がある。

駐車場で引き返そうと焦る僕は、
なぜか、鳥肌がたち、
家族たちも怖いと騒ぎ出す。

外に降りるなんて、微塵も思わず、
一刻も早く、その場から立ち去りたい衝動に
駆られる。

背中を何かに覗かれているような感覚に
襲われながら、気づけばアクセルを踏んで
いた。

一瞬しか見ていない湖の風景が頭から離れず
こびり付いていた。

あれからしばらく経つけれど、
あの湖の風景が僕の頭から離れない。

食事中でも、通勤中でも、仕事中でも、
フッと、湖の風景が頭に浮かびあがる。

そして。

あの光景が、目の前に現れる。

僕は逃げ出す。

懸命に、走って、走って、
湖から一歩でも遠くへと走るけれど、

気づけば、
あの白いホテルの前に立っている。

悪寒が止まらない。
その場にしゃがみ込む。

僕は、その場所から出られない。

私は、湖の油絵をジッと見つめている。
なぜこんなに気になるのか。

やがて、気が付く。

絵の中に人が描かれている。

白い建物の黒ずんだ窓の中に、
よく見るとボンヤリと黒い人影の
様なものが見える。

まるで、この湖に囚われたように。

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