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「私」→「観る対象」

目覚ましのアラームが鳴ると、とりあえずスヌーズにする習慣が私にはある。
ベッドの淵ギリギリに寝ころび、落ちないようにバランスを取りつつ布団の中から腕をのばしてスヌーズ状態のスマホを床に置く。
布団の中の暖気と床の冷気の対照さが心地よく、その状態を楽しみながら目を瞑る。

落ちそうで落ちないバランス感覚を楽しんでいる覚醒しかけた身体と、
さっき見ていた夢の余韻を楽しもうとする半睡眠状態の脳が、
次のアラームを待っていた。


⌘  ⌘  ⌘


その合間で唐突に声が聞こえた。
「声」といっても言葉ではなく、イメージのような「声」だった。

そのイメージはメッセージ性を持っているけれど、言葉を組み合わせて作る文章とは違い、意味のあるニュアンスだけがひとつの塊になった「何か」だった。(便宜上、ここではこの「何か」を「ニュアンス玉」と命名)
ダイレクトに頭の中に流れ込んできたニュアンス玉が、私には声のように感じられたのだ。

??
ふいにわけが解らない状況になるも、このことを理解しようと、半睡眠状態の脳が、早速ニュアンス玉をこねくり回し始めた。
zipファイルを解凍するような、とでも表現すればいいのか。そもそも、こんな体験は初めてだし、こんな感覚に取り組んでいる状況説明をする文言を持ち合わせていない。

全くわけが解らない。
と言いつつも頭の中で解凍は続く。

でも不思議と、そのニュアンス玉は理解する前からとても芳しい香りを放っているような気がして、それが紐解かれていくのが楽しみで仕方なかった。

意味が次第に言語化され、なんとなくこういうことが言いたいのかな?
と解ってきたとき、何故か先に反応した身体が、のどの奥から言葉を吐き出した。
「えー、そんなのメンドクサイし無理だよ~」
え?ええええ?
先に理解しちゃった身体に戸惑うも、ほんの少しのタイムラグの後、私に理解が訪れた。

すると。
うん、確かに。
解るとそれは本当にメンドクサイけれど、でもとても大切で重要な案件だと思わずにはいられないメッセージだった。


⌘  ⌘  ⌘


ニュアンス玉を言語化するとこんな感じのことを言っていた。

「この世に存在する全ての経典に書かれた『私』という言葉を『観る対象』と書き換えよ」

↑これは直訳。
もう少し柔らかくすると、

人間ひとりひとりが持っている、それぞれの「私」に関する観念を手放し、「観る対象」として自分を認識しながら生きなさい。

もうちょっと意訳すると、

あなたたちは地球に生まれ、それぞれの人生を「私」として生きるゲームに没入しているけれど、その「私」は本当に私なの?「私」を「観る対象」と捉え直して、そのストーリーを観察してみなよ。

となったりもする。


⌘  ⌘  ⌘

深い納得にすっかり眠気が吹き飛んだ。
スヌーズ機能をオフにして起きあがり、猫のごはんを用意しながら、
「パソコンなら『私』ってキーワードを検索かけて、一発で置き換えちゃうことも可能なんだけどなぁ」
とか、
「いや、もしこの世がゲームなら、そんな設定変更も容易いはずなんだけどなぁ。どうやってやればいいんだろ?」
などと暢気にニュアンス玉についての解釈を咀嚼し続ける私が台所にいた。







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最後までこの記事をお読みくださいまして誠にありがとうございます。 (*- -)(*_ _)ペコリ

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画業の夫と猫2匹との日常から色々なシーンを拾い集めて記しています。
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