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追加取材で初めて見える第1報とは異なる実像

引用元URL:http://www.ohmynews.co.jp/MediaCriticism.aspx?news_id=000000001954

情報をどう読むか~メディアリテラシー6
渋井哲也
2006-10-02 08:28

【画像省略】
伊那市駅。画面左側に駅前交番がある。見知らぬ女子高生が自宅(離れ)にいるのを知った男の母親が、この女子高生を帰すために車に乗せ、伊那市駅まで向かった(自分の息子も同乗)。同駅には、すでに事件前に娘と連絡を取っていた女子高生の両親が長岡から迎えに来ていた。女子高生の両親は長岡で捜索願いを出していたので、娘を無事保護したと報告するため駅前交番に向かった。5人が駅前交番に訪れ、そこで事件が発覚し、男は逮捕。男の母親もそこで事件を知った。
撮影者:渋井哲也

 長野県伊那市で6月15日、同市内の男(20)が自殺系サイトで知り合った女子高生(17)の依頼を受けて、首を絞めて殺害しようとしたとする事件が起きた。当時の地元紙・伊那毎日新聞Web版(6月16日付)は、以下のように伝えた。

 伊那署は15日午前0時47分、嘱託殺人未遂の容疑で伊那市境西の木材加工アルバイト、K容疑者(20)=Web版では実名=を逮捕した。自殺サイトで知り合った新潟県長岡市在住の女子高校生(17)の依頼で首を締めた疑い。高校生の命に別状はなかった。

 調べによるとK容疑者は14日午前11時ごろ、自宅で、女子高校生の首を布製のロープで絞め殺そうとしたが未遂に終わった。同容疑者は「人を殺すことが怖くなって力を緩めた」と供述しているという。

 他の新聞もほぼ同じように記事化しているが、いずれも第1報をごく簡単に伝えるだけ。続報は、信濃毎日新聞が伝えた家宅捜索の記事のみだった。

 しかし、私は気になることがあった。こうした情報だけでは、2005年8月に大阪府内で起きた「自殺系サイト連続殺人事件」と似た印象があるということだ。

 同事件で犯人は、「男でも女でも、口をふさいで苦しむ姿に性的興奮を覚えた。苦しむ顔が見かかった。自分は自殺するつもりはなかった」と供述していた。この大阪の事件と長野の事件に何か共通点はないのだろうか。記事にはそこまでの記述がない。

 長野の事件で2人は自殺系サイトで知り合っている。女子高生は殺害を依頼したわけだから、死のうとしていたことは確実だろう。一方、男はなぜ、自殺系サイトにアクセスしていたのか。殺害しようとした男も一緒に死のうとしていたのではないか。そうではなくても、少なくとも自殺願望はあったのではないか。

 そんな疑問を持った私は、この件を取材しようと、企画提案をした雑誌の編集者とともに、現地に向かった。

 まず、手がかりは警察発表だ。事前に取材許可を取っていた私たちは伊那署に向かった。

 広報簿には、被疑者のプロフィールのほか、まれにだが、新聞記事以上の情報が載っており、出会ったサイトの名前が書かれている場合もある。たとえば、2001年に起きた「京都メル友連続殺人事件」で京都府警の広報簿を見たときには、新聞記事に書いてなかった出会い系サイトの名前が記載されていた。しかし、今回は、新聞記事以上の情報はない。

 また、伊那署では副署長が対応してくれたが、「男にも自殺願望があったんですか?」と聞いても、広報簿以外の情報はのらりくらり、詳しい情報は得られなかった。

 事件2日前、13日夜から行方が分からなくなっていたという足取りから考えると、どんな服装だったのかも気になっていた。

 新潟県長岡市から長野県伊那市に到着する方法は、最速では長岡駅から、新幹線で高崎駅(群馬県)経由で長野駅へ、それから信越本線の岡谷駅経由で飯田線に乗り換え、伊那市駅へと、5時間弱で到着する。

 長岡の女子高生は行方不明になった13日の終電までに伊那を訪れ、Kと一晩を過ごすこともできる。このとき女子高生が制服だったとすれば、見慣れない服であろうから、不審がられたかもしれない。

 私服だったのだろうか。なぜ、気になったかというと、その日の行動が計画的だったのか、衝動的だったのかのヒントになると思ったからだ。しかし、それを問いただしてみても、副所長は、「その場にいたわけじゃないしな。制服じゃないんじゃないか」と曖昧な答えのみだった。

 その後、私たちは、被疑者の家を探し、発見した。自営業をしており、仕事中であったために、仕事が終わる夕方以降の時間に再び訪れようと思った。その間、近所で男のことについて聞き込みをすると、高齢の女性は「子どもの頃はよく見かけたんですが、最近ではほとんど顔を見ていないですね」、別の近所の男性は「小学校の頃はよく見かけたが、中学に入ってからは知らない」と語った。目立たないものの、特に変わった若者、というほどでもない。

 夕方になり、仕事が終わった様子だったため、当事者の両親に話を聞くことができないかと思い、ダメもとで事務所兼自宅に向かってみた。すると、両親の話を聞くことができた(詳しい内容は、『実話GONナックルズ』ミリオン出版、2006年9月号)。

 両親は警察の事情聴取を理不尽と感じ、新聞記事に対しても、「本当のことを書いていない」といった苛立ちを持っていた。

 特に、先ほど引用した伊那毎日新聞については、容疑は「嘱託殺人未遂」であるにもかかわらず、見出しでは「殺人未遂」とあったことで怒りを覚えていた。中日新聞だけ、男にも「自殺願望があった」と一言だけ書いてあり、それが唯一の救いだったという。

 その時点で、続報の取材にきた新聞社はなく、そのため両親は言いたいことがあったのだろうか、私たちの取材にきちんと答えてくれた。

 そこで分かったことは、男は、それ以前も2度、自殺系サイトを介して人と出会った経験がある。そのたびに両親がきちんと対応し、いずれのケースも遠方に父親が迎えにいったりしている。それでも男の自殺願望は消えず、ネット喫茶から自殺系サイトにアクセスする日々が続いていた。

 男の部屋は母屋から離れた場所にあり、長岡の女子高生が訪れたのは事件発覚の前日、14日夜。女子高生の服装は私服だった。行方不明から1日の余裕があったということになり、その時に着替えたのだろうか。

 さらに、もともとは2人で首を吊って死のうとしたらしいが、何らかの理由で失敗。女子高生が「殺して」と言って、男が首を絞め、しかし、「怖くなって」止めたのだという。

 この通りであれば、自殺系サイト連続殺人のような「苦しむ姿が見たかった」ことが犯行の理由ではない。「嘱託殺人」ではありながら、「ネット心中未遂」に限りなく近かったことになる。新聞はそうした内実をきちんと伝えていない。

 サツ回りをしていた経験から、すべての事件を新聞記者が追いかけることはできないと私も理解している。しかし、ピンときた事件を追う余裕はある。この事件で、そうした新聞記者がひとりもいなかったことが残念でならない。

NPO法人・ユナイテッド・フューチャー・プレス

【しぶい・てつや】 1969年栃木県生まれ。93年東洋大学法学部卒。「長野日報」社を経て、98年フリーに。2001年東洋大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了。著書に『「田中康夫」研究』(ワニブックス)、『ネット心中』(NHK出版)など。

(次回は来週月曜日=10月9日=に)

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オーマイニュース(日本版)より

※引用文中【画像省略】は筆者が附記
この記事は後のエムプロ記事です。


この記事についたコメントは1件。

1 yonemura 10/02 10:53
両親の言葉のほうが真実だと鵜呑みにするわけにはいきませんが、警察発表はステレオタイプでいいかげんなものが多いということは事実ですね。


犯人が逮捕されたところで事件は終わりです。テレビドラマでもそうでしょう? それっぽい犯行動機をつけたしてエンドロールを流しておしまい。現実の新聞でもほとんど同じですよ。よく見かけるタイプの事件なんて読者はほとんど興味がありませんから。「またか」で終わり。元新聞記者ならよく知っているはずです。続報で劇的な展開でもなければ記事にさえならないのが通常です。

13年前の女子高生殺人事件の犯人が検挙されたかどうかくらいが続報が記事化されるラインですかね。地下通路での殺人事件が時効をむかえたという誰も気づかない小さな囲み記事が出るのもギリギリ記事化されるラインかな。そんなものです。

10年以上前の元々誰も気にしていなかったことなんてほとんどの人が知らないまま流れていくだけです。わたしはそれを知っています。ジオシティーズに置かれていた(ある意味貴重な)ファイル群も流されるままに大半が放置されていたのが現実ですよ。