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『余暇』を支える批判的生産性

監理の仕事で工事現場やクライアントとの打合せ等で外に出ること以外はデスクワークです。潜在的に求めている空間を形にする大事な時間ですが、モニターを通して仕事をしていると、ついついWEBメディアを覗いてしまうのが現代。専門書以外の読書も最近はKindleを使うことも増えて、就寝前までベッドの上でスマホを見ることも多くなりました。

出かけていても手持ち無沙汰にスマホを開くのも正直いいとは思いません。メディアへのアクセスがどこでも行えるこの時代においては、もはや『暇』とは貴重で贅沢な時間になりつつあることを実感します。日頃から問題意識は持っておりましたが、改めて記事にしようと思ったきっかけはキャーヤミホさんの『Voicy』についての記事でした。

そんな時代においても建築は生活の基盤であり続けるし、空間体験を通した社会批評と理想のライフスタイルを提案し続けることは変わらないでしょう。

世界最大のテクノロジー見本市であるCES2020の報道を見ると一番の話題になったのは5G(第5世代移動通信システム)による高速通信とそれにより実現されるIOT(モノとインターネット繋ぐ仕組)だったようです。

故スティーブ・ジョブズはAppleを設立したときから人間の能力の拡張とすべての人の自由の享受を目的にしていたように思いますし、iPhoneの誕生以降も本来の目標は変わっていないように思います。当時の技術的な問題から本来の目標を達成するのはまた道半ばなのだと実感するばかりで、今の生活から『すでに起こった未来』を想像できます。

最近、建築の分野でも話題になった静岡県裾野市の工場跡地に建設予定のTOYOTAの実験都市のビャルケ・インゲルスのプレゼンテーションを見ると生活における労働を解放する様々な仕組みと暮らしの風景を垣間見ることができます。ブレードランナーのようなデストピアではなく、インフラテクノロジーが都市と自然と人を繋ぐ豊かな未来を想像できます。

現在のテクノロジーは生産性の高さと情報の取得を主に発達していますが、真に解放された時、私たちが手にするのは『余暇』です。その時間を資本主義の都合で生産的な時間にだけ回すのは勿体無いと考えています。貪欲に体験を求めにいく忙しい姿勢ではなく、当たり前の日常を豊かに感じられるような美意識。IoTが本当に生活を支えてくれるならば、建築の価値は純粋な空間体験に帰結するかもしれません。待ち受ける未来に市民である私たち一人一人が『自分の幸せとはなにか』ということに意識的になることは必要です。しかし、それに応えるためには、メディアから少し離れて風景を眺めたり、暮らしに不可欠な作業に集中し、意味を捉えるための『暇』を自らつくる勇気が必要だと実感しています。

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