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まえばし心の旅⑤中央児童遊園

前橋に育った人たちの多くに共通する思い出の場所、それは「中央児童遊園」ではないだ ろうか。今の、「るなぱあく」、正式名称「前橋市中央児童遊園」だ。

私が小さいころ、まだ東京ディズニーランドなどはなかった。当時、小学校に入る前くら いの子供たちが家族と遊びに行くのは、まずは中央児童遊園。そして、ちょっと遠くに行く ときは、高崎の「かっぱぴあ」だった。特に、中央児童遊園はその頃から、近くて安く、前 橋市⺠が気軽に行ける遊園地であり続けている。

当時の私にとって、中央自動遊園は、「風」を感じられる場所だった。メリーゴーランド、 や自分で運転できる豆自動車、そして好きだったのは、名前はわからないが、乗車席が斜め に上がってグルグルと高速で回り、乗車席を支えているステーの真ん中から宇宙人みたい な顔が出てくる乗り物だった。園内を走る汽車もあった。途中のトンネルに入ると、壁が迫 ってくる狭さと暗さに恐怖を感じ、トンネルから出た時は、明るさと開放感に妙に安心し た。どれも、普段の生活の中では感じられないスピードとスリル、そして風を感じた。

飛行塔は、子供にとっては大冒険だ。上に覆いのない飛行機がどんどん地面と離れて空に 浮かび、さらにくるくると回る。それに連れて、見える景色もどんどん変わる。髪の毛はな びき、帽子は顎紐をかけないと飛んでいきそうになる。それまで生きてきた中で、一番高い ところまで上がった記録樹立だったろう。当時、ちょうど北海道の大学を卒業して前橋に帰 ってきた叔父と一緒に行くと、「北海道見せてやるぞ!」と言われ、飛行機が一番高いとこ ろまで行くと、いきなり私の顔の両側に手をあて、「北海道だ〜!」と言って顔を上にぐっ と持ち上げられた。もちろん、北海道が見えるわけはない。でも、人生史上で一番高いとこ ろにいる興奮と相まって、今でもよく覚えている。

乗り物だけでなく、風呂川沿いの遊歩道やラジオ塔、コンクリート製の滑り台などもあ り、散歩やちょっとした遊びもでき、今考えると、なかなか充実したスポットだ。おまけに もくば館とラジオ塔は登録有形文化財にもなっており、文化財に触ったり乗ったりという、 貴重な体験もできる!

中央自動遊園、調べてみると、昭和 29 年のオープンという。ということは、私の顔を持 ち上げた叔父や、私の母が子供の頃には既にあったということだ。そして私も遊び、今では 私の子供の世代と言える子たちが遊んでいる。無理をして時間をかけて遠くの大きなテー マパークに行くよりも、近くて安い、疲れたらすぐに家に帰れる「るなぱあく」の方が、小 さな子供にはよっぽどいいのではないかと思う。半日も遊べば親子ともどもくたくたになるだろう。おまけに今は、週末にはいろいろな食べ物のお店も出たり、「とことこ迷城」な る迷路もできたりと、楽しみのレベルもアップしている。

今の親が子供の頃に来ていた様に、今遊んでいる子供たちも、やがて自分の子供たちと一 緒に来るのだろう。3世代・4世代と、何世代にもわたって記憶に残る身近な遊園地。これ も前橋の宝だ。いつまでも、前橋っ子の思い出の場所であってほしい。

放送日:令和3年5月5日

音声データはこちらになります。


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