小説【再会】 再会 #3

あれから2週間が過ぎた。
お袋の足はだいぶ良くなってきたようだ。
でも、まだまだ治らないで欲しかった。
薬局に行くたびに見られる詩織に心引かれていたからだ。
詩織も食堂に来てくれる。
その度に、きちんとご飯を食べて帰ってくれる。
これはでかい。
作る方からしたら残すなら頼むな!ってことだから。

今日は聡と淳美の結婚式だ。
夏場の暑い時季になんてするもんじゃない・・・と、
秋口の婚礼と相成った。
その代わり、サマーウエディングと同じくらいの価格で
出来るようにあちこちに頭を下げておいたのだ。

「亀さん!お久しぶりです!!」
「おお、健太かぁ。話は聞いてたぞ。今回はありがとうな。紹介してくれて。
支配人も喜んでたけど、”健太はいつだ!”ってよ(笑)」
「俺なんかまだまだっすよ。彼女もいないもん。」
「ま、酒飲んで泣いてる奴はダメだろうな(笑)」
「勘弁して下さいよぉ・・・・(笑)」

受付を頼まれていたので早めにホテルに行った。
懐かしいホテルの様子にちょっとどきどきもしたけれど、
お客として来るのがなんだかくすぐったいような
変な気分だった。

「ラブ!ひっさしぶりだなぁ。元気にしてた???」
「健ちゃーん!!元気~!!なんか立派になって・・・。」
「立派に?そりゃーお前、太ったってことか?(笑)」
「違うわよぉ。男としてたくましくなったっていうか・・・・。」
「ありがと。ルーム押さえとくか?(笑)」
「健ちゃんじゃ無理。あたしこう見えてもけだものよ(笑)」
「見たマンマ・・・ってことね。失礼(笑)」
「どういうこと!それ?(笑)」

ラブは数少ない高卒で入った同期だ。
愛子・・・って立派な可愛い名前があるが、
外人のような体躯から”ラブ”と呼ばれている。
今はブライダル課で相当な腕をふるっていて
お客様の評判も営業成績もいいらしい。
最近、主任になった・・・と聞いた。
異例の速さで。

「ラブ、主任になったって?凄いじゃん。」
「給料上がってないって。まったく・・・・。」
「ま、こぼすなよ。また飲みに行こうぜ。今日、ラブが担当なんだろ?
よろしく。」
「そうね。キャプテンは特別に亀さん。今日の婚礼、健ちゃんの紹介だって?」
「そうそう。幼なじみ。別になんもねーだろ?」
「うん。打ち合わせもスムーズ。全部署、30パーよ。”マルウ”にもしてある(笑)」
「まじで?ありがと。でも、なんで”マルウ”なんだよ(笑)ま、いっか。」
「もうお二人ともお着替えに入ったわよ。挨拶してく?」
「いや、いいわ。両親は?」
「もういらしてる。控え室に直行。着付け無し。」
「ああ、判った。それじゃ後でな。」
「はーい。」

30パーというのは”30%引き”ということで、
これは支配人が承認しないとなかなか出ない数字だ。
ありがたい。
それと”マルウ”というのは隠語で”うるさいお客”の意味。
文句が多い客や失敗の出来ないお客の時に使う。
芸能人や国会議員の時には”VIP”や”IP”を使う。
”プロトコル”とあればそれは専門の”超VIP”担当のホテルマンが
ついています・・・ということ。
そうなると国賓級だったり、財界の大物だったりするので
ペーペーには接客する機会なんてまるでない。

”受け書”と呼ばれる宴会の詳細が記した書類に
こうした情報が全て記入される。
婚礼も一緒だ。

ずいぶん時間は早いが、挨拶しておこう。
まずは控え室に・・・・・。
と、思ったら両家の両親が仲良くラウンジでお茶していた。

「今日はおめでとうございます。」
「あら~、健太君。ありがとうございます。
今日は色々とありがとうねぇ。こんな立派な所であんなにしてもらって・・。」
聡のお母さんだ。婚礼は”新郎の母親”が財布なのだ。
よしよし。今日は大丈夫そうだ。

「健太君はいつなんだ。うちのだって出来るんだから、もうすぐか?」
聡のオヤジさんが口を開いた。上機嫌だ。
そりゃそうだろう。あんなに可愛い嫁がくればそりゃー機嫌も良い。

「今日はありがとうね。私たちはいかないけど二次会も行くんでしょ?」
淳美のお母さんだ。
淳美が年をとったらきっとこうなるのだろう。綺麗なお母さんだ。

淳美のお父さんがむっつりと口を開いた。
「嫁に出すってこういうことなんだなぁ・・・・。」
「まぁ、お父さんたら。もう諦めなさい!(笑)昨日、淳美に挨拶されたら号泣しちゃって・・・・。まぶたが腫れてるでしょ・・・。」
「そんなことないぞ!」

「まぁまぁ、お父さん。今日は御祝いですから。ね?」
「そうだな。健太君には感謝してるよ。ありがとう。」
「いえいえ・・・御礼なら式がお開きになってから・・・っすよ。」
「いやいや。聡君が嫁にもらってくれるならこんな嬉しいことはないからな。嬉しいよ。」
「・・・・。じゃ、受付行って来ます。ごゆっくり。」

こうして式から披露宴へと宴会は滞りなくお開きになった。
途中、聡が号泣したのもいい余興だ。
手紙で泣くのはたいがい新婦とその両親なのだが、
僕までじーんとしてしまった。

二人には
「余興や歌ばっかりがいい披露宴じゃないぞ。二人の”迎える気持ち”が
あるのが良い式だぞ。」
とアドバイスしておいた。
それと
「決めることが沢山あるからノートを持って行った方がいい。あとで言った言わないで必ず揉めるから。
それと決め事は必ず二人ですること。片方がいいだろう・・・って決めてから
”聞いてない”とか”そっちじゃない”って話は山ほどある。」
と。

二人は判ってくれたようだ。
気持ちのこもった良い式だった。
淳美の色直しで着たドレスにどきっとして少しだけ後悔したのは
内緒にしておこう。

会場の隅で披露宴を見ていた亀さんとラブがお開きになったところで
声を掛けてきた。

「良い式だったね~。健ちゃん、ご苦労様。」
「ラブ、今日はありがと。良い式だった。お疲れさん。」
「健太、今日はお疲れさん。」
「あ、亀さんもお疲れ様です。今日は当日泊ですよね?」
「そうそう。荷物は客室入り。二次会だろ?」
「そうです。ありがとうございました。」
「今度はお前の番だろ。待ってるぞ。」
「はい。」

「無理ですよぉ~。健ちゃんは。」
ラブが口を挟んできた。
「なんでだよ。ラブにはまけませーん!」
「もう。あたしが襲ってあげるからねぇ。待ってなさいよぉ・・・・。」
「こわ~。パパ~!ママ~!(笑)」
「やっぱり、無理だな(笑)」
「亀さんまで~。勘弁して下さいよ~。」

実はラブは亀さんのことが好きなのだ。
でも、自分に自信がないのと亀さんがいい家庭人ということで
我慢している。
何も出来ないのが判っていてそばでいつも仕事をしなくちゃいけないのは
相当辛い。
気持ちの持って行き場が無く、仕事に打ち込んでいた結果が
”主任”に昇格した・・・ということなのだ。
以前、相談がある・・・と言って個室の居酒屋で亀さんへの想いを告白され
大泣きされてしまった。
可愛いやつだがこればかりはどうしようもない。

二次会には地元の同級生や仕事先の気の置けない
同僚さん達が集まって盛り上がった。
少し飲み過ぎたか・・・とネクタイを外して地元の駅に戻ってきた。
秋の風が涼しくてちょうどいい。

ぽちぽち商店街を歩いていると詩織に会った。
ダッフルコートを羽織っているが、下はパジャマのようだ。

「あ、健太さん。どうしたの?スーツ着て。」
「ああ、これ?そこの酒屋あるでしょ?あそこのバカ息子が同級生なんだけどさ、今日結婚式だったの。
二次会終わって帰ってきたとこ。詩織さんは???」
「今、明日の朝ご飯のパンが無いことに気付いて買いに行くところ。コンビニにね。」
「そうなんだ。危ないよ。ついてくよ。コーヒー飲みたいし。」

コンビニにそのまま二人で歩き始めた。
やっぱり可愛い。
酔った頭も秋の風で醒めてきた。

付き添ってくれてありがとう・・と、
コーヒーも買ってもらってコンビニから出た。
飲みながら自宅までぽちぽち歩き始めると。

「健太さんって、スーツ似合うのね。エプロンにジーンズしか見たことないから・・・。」
「そうかな。これでも昔はサラリーマンだったしね。」
「どっちも似合うよ。でも、もうそろそろ白衣になるのかな。」
「そうだなぁ。どうなんだろ。やっさんもそろそろ修行終わるしな・・・。」
「結婚式はどうだったの?」
「いい式でしたよ。嫁さんのドレスが綺麗でねぇ・・・・。」
「そうなんだぁ。いいなぁ・・・・・。」
「詩織さんならもっと綺麗だよ。女の子は憧れるからね。」
「そうそう。白いドレスでヴァージンロード、いつかは歩きたいなぁ。」

手に変な汗を掻いている。もうマンションの入り口はそこだ。
今しかない。

「・・・・・・その時に、ヴァージンロードで迎えるのは俺で良い?」
「え?健太さん、今なんて・・・・・。」
「詩織さん。・・・・大事にするから俺と付き合って下さい。」
「・・・・・私なんかで良ければ・・・・・。私・・・・私・・・・・。」

みるみるうちに涙で真っ赤になった目から大粒の涙が
あふれてきた。
いや、泣かすつもりは・・・・。と思わずうろたえた。

「私、健太さんと再会してからずっといい人だなって思ってた。
あったかい家族の中に入りたかった。
ずっと先のことは判らないけれど、
せめて健太さんと付き合っていけたらいいな・・って。ありがとう。」
「うん。ありがとう。俺も嬉しいです。今夜は寒いから・・・・ね。
明日にでもまた電話するから。」
「うん。うん。」

詩織をマンションの中はいるのを見届ける。
天を見上げると乾いた冬の空いっぱいに星空が拡がっていた。
なんと綺麗なんだろうか。

両手を掲げて
「やった~~~~~!!!!!」
と、叫ぶと窓から詩織がくすっと笑いながら見ていたのであった。


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