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街自体が”物語”のような場所、長崎

 街自体が”物語”のような場所が九州の西の端にあって、そこを人は長崎と呼んでいる。

 私は20か国ぐらい巡ってきたが、こんなにも魅力がコンパクトに詰まっている街は世界中でもそう多くない。

 観光地が市内中心部に集中していて、さながら街全体がテーマパークである。そして、カメラ好きとしては全てが「映(ば)える」のだ。
 一方、それだけでなく、長い歴史の”悲しさ”を含んだ、軽くはない空気も漂っていると、私は感じる。
 
 一時は、日本唯一の”玄関口”だった街。隠れキリシタンが発見された街。西洋と東洋が混ざり合う「和華蘭(わからん)文化」が根付く街。あの夏に、二度目の核爆弾で人々が命を奪われた街—。

 まるで一枚の絵のように、一冊の本のように、街自体が作品といえる場所が長崎なのである。

 今回は、そんな長崎の個人的に好きだと思うところを紹介したい。

変わる玄関口

 玄関口の長崎駅。モダンな駅舎には、西九州新幹線が乗り入れる。

駅前は整備中

2022年9月以前は、博多とは在来線特急「かもめ」で結ばれていた。
 左手に有明海を眺めながら2時間くらいかけてゆっくり走っていて、それもそれで良かったのだが、新幹線はその区間をショートカットしている。

 かつては夜行列車が乗り入れる、長い頭端式(行き止まり式)のホームを持っていた。この駅舎のほうがなんとなく旅情があったのではとも思う。

2017年の長崎駅は「終着駅」の趣があった

平和を想う

 さておき、街に出ていこう。
長崎市内の交通手段といえば、観光の範囲であれば路面電車でカバーできる。一日券の購入を勧めたい。
 
 さっそく、市街地である思案橋や中華街…ではなく逆方向の「赤迫」行きの電車に乗って「平和公園」電停で降りる。

 1945年8月9日に起こったことに思いを巡らす。 
 平和公園はエスカレーターを上った先の丘の上。この場所はかつて刑務所だったという。爆心地の真横に位置するそこは、一瞬にして吹き飛んだ。  

 原爆資料館に行く途中、爆心地の碑がある。そのすぐ脇には「当時の地層」と書かれた場所があり、当時使われていた茶碗や湯呑なんかが土の中に埋もれている様子を見ることができる。 
 これを見ると、単なる歴史の一ページとしてではなく「私たちと同じ人が暮らしていて、犠牲になったのだ」という事実を改めて突き付けられるわけである。

 さらに、平和公園の先にある浦上天主堂に行くと、原爆で焼け落ちた鐘楼がひっそりと保存されている。

浦上天主堂の脇に残されている鐘楼

 街が吹き飛び、人は想像できない苦しみを受けながら死ぬ、そんな非人道的な兵器の使用を二度と許してはならない。そう思わされるのである。

繁華街の浜町アーケード・中華街

 路面電車で今度は今来たルートとは逆方向へ。市街地へ向かう。
 今回グルメに関しては詳しく触れるつもりはないが、私が大好きなトルコライスだけは紹介したい。

 長崎と言えば、大体ちゃんぽんとか皿うどんのイメージが強いと思う。ただ、ちゃんぽんは九州の中華料理屋であれば大体どこにでもあるので、わざわざ長崎で食べる必要もないんだよな…。

 一方、トルコライスは長崎にしかないご当地グルメだ。
写真の通り、ピラフにカツ、ナポリタン、サラダが一枚のお皿の上で”夢の共演”をしている。すごいカロリー...いや、美味しいのでゼロです

 浜町アーケードにある「ビストロ・ボルドー」はトルコライス発祥の店ともいわれている。ナポリタンのスパゲティの麺さえ手作りという徹底ぶりで、非常に美味しいのでぜひ。結構な人気店なので行列覚悟でお願いしたい。

浜町アーケードから飲み屋街である思案橋を抜けると、新地中華街に着く。
市街地はコンパクトなため、徒歩で問題がない。

2月のランタンフェスティバルの時の様子

 中華街には文字通り中華料理やらお土産屋さんやらがあるほか、食べ歩きができる。有名なのは岩崎本舗の「角煮まんじゅう」。皆、だいたい角煮まん片手に街を歩いている。

 ただ、横浜や神戸のそれと比べて規模は小さいので拍子抜けしてしまうかもしれない。雰囲気を楽しんでもらえれば良いかと。

かつての日本唯一の”玄関口”

 地方空港からも国際線が飛んでいる今からは信じられないが、江戸時代の”玄関口”はここ出島だけだった。日本史でも習う「鎖国」のためだ。

 現在は、扇形の人工島が当時の形に修復され、建物も資料を基に一部再現されている。

 橋を渡り、入場料を払うと出島の中に入れる。
 当時は海だった場所にも建物が建っているので、当時と全く同じというわけではなさそうだが。

鎖国期の建物などが再現されている

 実際にここに立ってみると、そんなに大きい島でないことがわかる。

 当時、交易を許されていたオランダ人は、日頃は出島から出られなかったという。この島の中だけで何年も暮らすのは相当息苦しかったのではと想像してしまった。

 しかしながら、こんな狭い場所に日本に入る「西欧文明」の全てが集まっていたと考えるとすごい場所である。

 ここから長崎街道を経て、江戸へと物品が運ばれた。ちなみに、この長崎街道は「シュガーロード」とも呼ばれる。これは文字通り砂糖の道という意味で、西欧から入ってきた砂糖が必ず通ったということになる。

 比較的砂糖が手に入りやすい環境であったことから、菓子作りが盛んになったほか、九州の醤油が甘い味付けになる原因にもなった。

一番の見どころ 坂の街へ

 私にとって大好きな長崎の中でも特に大好きなのが、山手エリアだ。知らない街なのに、縁もゆかりもないのに、そこは温かく迎えてくれるような気がするからだ。
 
 まずはグラバー通りを通って大浦天主堂を目指そう。ここからは長崎らしい坂の風景だ。

土産物屋が立ち並ぶ坂道の先に、大浦天主堂がある。入場には1000円かかるらしく、今まで入ったことがない。
ここを右に曲がるとすぐのところがグラバー園だ。

 だが、私はいつも左に進む。左手に墓地を見ながら少し進むと、右側に坂道が現れる。

 この狭い急坂を上ると、私が長崎で一番好きな景色が見えてくる。

 名前は祈念坂。レンガの壁の向こうには、背中を向けた大浦天主堂の三角屋根。そして長崎の街並みが広がる。

 こんなに美しく、そして長崎らしい場所があるだろうか。
ちなみにヘッダーの写真はこの坂を上った先の様子である。

もちろん、登り切ったころには息が上がっている。だが、この風景を見るためであれば仕方のないことである。

 祈念坂の少し先には、「南山手レストハウス」という古い洋館もある。無料で入れる休憩施設となっているので、ここかその前にあるベンチで一休みしてほしい。

登った先にある洋館「南山手レストハウス」

 この辺りには、野良猫も多く、観光客がいても気にする様子はない。

ちなみに、長崎の猫は「尾曲がり猫」といって、尻尾が曲がっているものが多いという。彼らの祖先は、オランダ船でネズミ捕り係を担っていた外国猫。長崎で放たれて野生化したという説がある。

山手地区にいる猫

さて、ここまでがそうであったように、このエリアはとにかく坂の街だ。
景色は素晴らしいが上り下りには苦労する。

 観光客はいいとして、ここで暮らすお年寄りは大変そうだなぁ。

 そんなこの街で導入されている交通機関が「グラバースカイロード」。斜めに動くエレベーターで、地元民も観光客も無料で乗ることができる。

 スカイロードで一旦、地上(?)へ降りる。

石橋電停

 谷底へと降りてはきたが、再び坂道を上る。
この坂が一番すごい。

写真が歪んでいるわけではない

 旧外国人居留地にあたるエリアの「オランダ坂」を上る。まず見てほしい、なんだこの傾斜は。下りでは自転車の乗るのは禁止らしい(標識がある)。

人生で経験したことのない足の筋肉の使い方をして上った坂の先に、またまた私の好きな洋館がある。

東山手甲十三番館

 ブルーの外壁が目を引く「東山手甲十三番館」だ。こちらも明治時代に建てられたものだという。

  内部も無料で見学もできるほか、カフェもあってゆっくりできるスペースも。
 古い建物のにおいと、きしむ床。美しい眺めも相まって、何時間でもいられそうな感じ。こういう家に住みたいものだ。

この雰囲気が好きなんだよな

長崎という街

 そんなわけで、個人的に長崎に行ったらほぼ必ず行くスポットを取り上げた。正直、長崎市を楽しみつくすには1日では足りないというのが事実である。
 ほかにも、めがね橋や稲佐山展望台などメジャーなスポットがある。孔子廟など、中国文化に大きく影響を受けているスポットも多い。
 また、いわゆる「軍艦島」や伊王島など、中心市街地から離れた島なんかを巡ってみるのも楽しい。その辺はまた機会があれば紹介する。

ランタンフェスティバルのときのめがね橋

 九州で一番魅力的ともいえる長崎市だが、これはあくまで旅行者としての見方だ。実際には、人が住める場所が少ないので家賃が高く、人口が減少しているという話もある。
 
 こんなに面白い街、ほかにない。課題を解決しつつ、これからも東洋と西洋の文化がクロスする姿を見せ続けてほしい。


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