目的・目標の混同と思考の迷路
突然ですが、質問です。
「目的」と「目標」どちらが最終的に目指すべき場所を指す言葉でしょうか?
解答は「目的」です。
「目的」を辞書で調べると以下のように出てきます。
実現しようとしてめざす事柄。行動のねらい。めあて。
つまり、最終的に達成したい姿や事柄を指します。
次に、「目標」について調べると以下のような意味があります。
・そこに行き着くように、またそこから外れないように目印とするもの。
・行動を進めるにあたって、実現・達成をめざす水準。
目標の意味にあるように、「そこに行き着くように」の「そこ」こそが目的であります。
つまり、目的に行き着くための標として目標があります。
しかし、私も含めて多くの人は目的と目標がほぼ同じ意味みたいな捉え方をしていました。
どうして、最終結果と途中経過くらいに意味が違うのに混同していたかと考えましたが、おそらくその言葉を教えてもらった大人もその意味を理解していなかったからだと思います。
それなのに、繰り返して目標を立てましょうという形で繰り返し使われてきたことでより強固に刷り込まれていたのだと思います。
新年の目標とかそういう言葉で。
なぜ、混同するようになったかを少し考察してみようと思います。
まず、好意的な考察としては学生の時であればどんななりたい姿かは無限にあるので、そのなかで固定観念を抱かせずに学業等に邁進するためには途中経過でもどうありたいかを考えさせて、それを達成する繰り返しを行い、自己肯定感を高めようとしたのかもしれません。
少しひねくれた考え方をするのであれば、高度経済成長期の人材のあり方を変えきれずにそのまま進めてしまっている。仕事の指示を出す人間に対して従順であり、非効率も修行であるという考え方を植え付けるため。社会システムとして一部として取り込むため・・・いろいろ考えることができます。
全然関係ない話ですが、従業員ってどこまで行っても社会システム的には下層になる人の割合が大きくなりますよね。時間を売ってお金を得ている限りはなかなか自由に自分の時間を使うことができませんし。
さて、話を戻します。
目的、カッコよく言えばビジョンでしょうか、それがないと具体的にどう行動すればいいかって見えてこなくないですか!!
どこかへ旅行に行く場合で例えると、目的地もなく電車や飛行機に乗り込むのですかって話ですよ!!
これは、仕事とかでも言えますね、目標つまりどんな人生でありたいかを考え、それにマッチする仕事を選ぶキャリア選択といっしょですね。
ですので、最近よく考えるのは自分はいったいどうなりたいのかということです。
思いつくことを書くと、現在の仕事の延長線上のことしか考えることができません。それは本当に自分の目的地に向かっているのだろうかと考えてしまいます。
自分のことなのに、自分はどんな人間なのか考えてもまったくわかりません。しかし、考えることをやめてしまうと停滞しかしませんし、今の世の中停滞していると相対的にどんどん遅れていきます。
よって思考は常にフル回転させて生きて、これだという人生を見つけたいですね。
ぐだぐだ書いてきましたが今日はこんな感じで終わりにします。
(相変わらず、クロージングが下手だなぁ・・・)
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